第89話 流行らせたい、ロリータ、ノータッチ、ロリータ
マロンが取得したこの店舗兼従業員寮+蔵や倉庫を含めた一帯は、見習いとはいえ巫女になっているマロンが祈祷している。
良からぬ思いを抱いて敷地内への侵入を拒むものであり、弾くものとなっていた。
盗難は赦さないという事である。
尤も、目で見たものを余所で話すなどといった事には効果がないので、店の情報が外部に漏れてしまう事はある程度は仕方がない。
フライパンや寸胴鍋などの情報が貴族の耳に入るのもあっという間という事であった。
すると、レジの当たりから大きな声を上げて、何やら店員に文句を言っていると思われる声が店内に響く。
「ちょっとぉ、私はビッチ伯爵令嬢よ。これだけ買うと言ってるのだからもっと負けなさい。」
ビッチ、英語で性悪な女、嫌な女、むかつく女、雌犬などの意味を持つ。
残念ながら日本人が尻軽女のような意味で使うビッチは、日本で勝手に一人歩きした解釈である。
それとこのビッチ伯爵という人物には何の繋がりもないのだが、今の一言でも理解出来るように彼女の性悪さは醸し出している。
名は体を表すとは良く言ったものである。
勘違いしてはいけないが、令嬢という事は本人が偉いわけではない。
貴族の子という意味で平民よりは位が高いのかもしれないが、決して本人が偉大というわけではない。
ただの我儘娘と解釈しても過言ではない。
そして、今ビッチ伯爵令嬢とやらが金額を負けろと言っている相手であるが、たまに店を手伝うフロル第六王女であった。
第六とはいえ自分の国の王女の顔を知らないというのは貴族令嬢としては不安である。
先程からノエルのこめかみがピクピクと浮き上がっているのが、周囲の従業委員達には見えていた。
「当店の商品は既に開店セールという事で最初からかなり割り引かれております。申し訳ございませんが、例え王族であっても値引きには対応しかねます。」
レジ担当の店員が凛とした態度で返した事で、ビッチ伯爵令嬢が文句を言い始めたというわけでる。
流石にレジ担当の店員への詰め寄り方に我慢が出来なくなってきたのか、彼女にとって大切な人物が令嬢の背後に立った。
「極刑と出入り禁止、どちらが良い?」
往年の捕手の得意戦術のように、ノエルは令嬢の耳元で囁いた。
令嬢とノエルの近くには人が集まってきている。ただし、解決しようとか注意しようとかはなく、どうして良いのかわからないといった感じであった。
「は?突然出てきてあんた何なの?」
「あなたも貴族令嬢なら自分の国の王女の顔くらい覚えておきなさい。」
令嬢の背後から立ち位置を変え、レジ担当店員の脇に移動する。
「こちらにおわすお方をどなたと心得る。現第六王女、フロル・ゼクス・エテルノ様にあらせられるぞ。」
王家の紋章を掲げるノエル。その紋章を見て目を見開く令嬢。
それはお茶の間を賑わせる稀代の放浪先の副将軍の家臣のようであった。
「あ、ぁ、ぁ……」
すると、臭気が当たりを漂わせた。
「まぁ、公衆の面前で粗相されるなんて、どんな教育を受けてこられたのでしょう。」
ドラゴンに睨まれお漏らしをした人物のセリフとは思えない発言ではあるが、恐怖の次元が違うため仕方がないのかもしれない。
「ご自分で清掃なさってくださいね。その間店は臨時休業せざるを得ないのですから賠償も支払っていただきます。」
「そうですね、これだけのお客様にご利用されておりますし、1時間10000000000モエくらいでしょうか。」
もちろんそれはただのぼったくりであり、はったりである。
「まぁまぁ、極刑とか出入り禁止とかは流石に極端だよ。」
オーナーたるマロンがどこからともなく現れる。
「元々開店セールで割引になっておりますので、これ以上の値引きには対応しかねます。従業員からもご説明あったかとは存じますが。」
「あ、あんたが店主?どどど、どうなってるの。王女が店員って、脅してるの?弱みでも握っておいでですの?」
「そ、それに……これを期に私をおどっ……」
「きちんとした雇用契約に基づいておりますので、そういった事実はございません。」
「清掃はどうされます?ソフトブルーム1本1000000モエ、雑巾1枚1000000モエ、バケツ1個1000000モエ、水道水1リットル1000000モエとなります。」
マロンもかなりなぼったくりを提示した。
「そっ、そんな法外な値段っ。誰が……」
「じゃぁ這いつくばって自分で舐めて飲んで綺麗にします?それならロハスですよ。」
顔を真っ赤にして沸騰間際となる令嬢。それは羞恥か怒りか本人にしかわからないが、感情が高ぶっているのは間違いがない。
「冗談です。従業員を悪く言ったり周囲のお客様に迷惑をかけた分の罰のようなものと思ってください。」
「ただし、今日の事を他言したり、店や従業員の事を悪く言ったり、闇討ちしようものなら容赦はしませんので。」
その後ビッチ伯爵令嬢はモップ(ソフトブルーム)を借りてせっせこ清掃をすると、着替えもせず濡れた下着とドレスをそのままに出て行ってしまう。
「下着やドレスの販売も将来的には必要かな。モップやハタキも売れたりしないかな?」
「掃いたところが大理石化するモップなら売れるんじゃない?」
商売系の職種にはついていないが、たまに手伝うトリスからのツッコミが入る。
「ノエル、あなたも良い感じでS系キャラだね。」
「王女に対して不敬ですからね。本当は|お漏らしパンツ一丁で磔にして店の前に晒して《極刑にして》あげたいくらいでしたよ。」
ノエルの極刑は死刑ではなく、晒し者という意味であった。
「ああいう時の対応はどうして良いのかわからなかったので、とても勉強になりました。」
本来の当事者であるフロル王女はようやく言葉を発した。
令嬢の剣幕に気圧されていた……というよりは、どうして良いか分からず戸惑っていたというのが正解であった。
「私は工房に戻りますが、後はお願いします。」
現場責任者を任されたノエルは、敬礼を取る。
「かりこまりました。」
マロンは工房で色々な薬を製作している。
薬師見習いのレベルをあげるためであった。
スキルと感覚で作製していたこれまでと違い、参考書的な書物を読み漁り正規の手順で薬類を作製する。
工房に戻る前、一度店の外に出る。
「もし……」
とぼとぼと歩く令嬢とお付きの者たちを呼び止める。
「着替え、必要でしょうしこちらをどうぞ。詩作品ですし無料で提供します。」
「うぐっ……む、無料って。何かあ、あるのではなくて?それに惨めな私を嘲笑ってるのではなくて?」
「そのような事はございません。商売人が商売で不正や悪行をしては後の信頼や信用に関わります。その代わり、今度来店された時は普通に買い物を楽しんでください。割高にしたりしませんので。」
「それと、詩作品とは言いましたが、まだ店頭に並べていない物ですので、ある意味ではお嬢様が第一号となります。詩作品とはいえ手は抜いておりませんし。」
令嬢は受け取ると一つ頭を下げた。
「先程は大変失礼しました。それと、こちら……ありがとうございます。」
マロンが
マロンが
マロンが
マロンが
マロンが
マロンが
マロンが
マロンが
その様子を柱の陰から見ていたトリスが口ずさんでいた。
マロンが令嬢に贈ったのは、裁縫師メイアー・ベゲッドの修行②で製作した数ある詩作品の中の一部であった。
マロンの中では先行投資の一環であり、決してばら撒きではない。
アメとムチではないが、こうする事でまた来店せざるを得ない口実を、ビッチ伯爵令嬢に与えたのである。
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