第95話 マロン印のこけしの原点は、浪漫のこけしの絵付け体験

「あれはね、仙台に旅行に行った時の話なんだけどね。」


 マロンが木材から組み立てた長椅子に3人は座り、お茶を啜りながらマロンは話し始めた。



「へぇ、こけしの絵付け体験か。事前予約なしでも当日参加OKならこっとやってみようかな。」


 浪漫は松島海岸駅から遊覧船や瑞巌寺のある方向へ向かい徒歩で5分程度、とあるこけしを販売している商店の前で呟いていた。


 店内では数人の親子が筆を取ってこけしに色を付けているのを見つける。



 浪漫が店内に入ると一人の若い男性店員が声を掛ける。


 男性に苦手意識を抱いている浪漫にとってはそれは若干の苦痛ではあったが、当然店員は事情を知らない。


 絵付け体験をしている親子を見ていた浪漫の姿を店内から見えていたために、恐らくはこけしの絵付けに若干なりとも興味を示していたと判断し、声をかけてきたのである。



「あ、それじゃぁ体験やってみます。」


 2分程の説明を受けて浪漫はこけしの絵付け体験を行う事になった。



「ナニコレ。この頭の部分の手触り。超気持ち良い。」


 綺麗なまん丸にやすり掛けされたこけしは、浪漫にとってはとても手触りの良い感触をもたらしていた。



(これ、入れたり入れられたりしたらどうなってしまうんだろう……)


 などと浪漫は考えてしまっていた。


 男性が苦手ではあるが、同じ女性には苦手も嫌悪もない。それは性的にもいえた。


 歪んでしまった浪漫の性事情は、こけしと出逢った事でさらなる歪みを魅せてしまったのである。




「その時のこけしってもしかして、ろ……飾ってあったアレ?」


 トリスは小串として、マロンの本体・浪漫と口にしてしまいそうになる。


 アクアにはわからないので通じない話なので、マロンとトリスがリアルでも友人だという事は伝えてあった。


 だからこそ、トリスが言いかけた言葉も薄々は気付いていた。


 飾ってあったアレとは、マロンの家の中や部屋の中で見たものの事であると。


 

「一応トリスをイメージして描いたんだけどね。難しかったよ。デッサンのように分割して線を描くと太くなっちゃうんだもん。」


 現実正解の浪漫は絵心が壊滅的ではないが、上手いとは言えない。


 丸い球面や円柱部分に筆を乗せ、素人が上手く顔や服装などを描けと言われても中々に難しい。


 鉛筆での下書きだけであれば悪くはないのだが、筆となると話は変わって来る。


 想像していたよりも太く、また絵の具が乾きやすいのであった。


 そのため、長い線は描き辛くどうしても二重三重に繋げてしまう。繋げようとすると、それぞれの継ぎ目がぎこちなくなり線を重ねてしまい結果として太くなってしまう。


 他にも筆を寝かせてしまうと、抑々の線が太くなってしまう。


 描きたい線を点に見立てて、真上から描くのが良い。習字の小さい筆で描くイメージである。


 しかし丸みを帯びているこけしに描くので、小指等をこけしに添えてずれないようにするのも、変に線が曲がらないようにするためのコツとなる。


 それでも浪漫がかつて絵付け体験で作ったこけしは、辛うじて女子と分かる程度の出来であった。



「あんた……まさかアレつかって自家発電してないよね。」



「……ナニを言ってるのこの子は?」



「時すでに遅し?回っているおすし?よこや……」



「いやいや、そんな事に使ったら絵具が落ちちゃって大変じゃん。こけしの頭や顔がお化けになっちゃうじゃん。」


 〇〇すし、でのネタがそろそろ怪しくなったため、マロンはトリスの言葉に対して否定に入る。


「ちゃんとお金払って、無地のやつを別で買ったよ。」



 結局はそれをどう判断するのかは各人に委ねられた。



 マロンはずずーっとお茶を啜っていると無言の時が流れ、次に何を言っていいのかわからないといった表情でトリスとアクアは口を横一文字にしていた。



「とにかく、そういった事があったので、木工製品=こけしってイメージが勝手に脳裏に焼き付いちゃってさ。」


 一種の刷り込みに近いものがあるが、浪漫の中ではこけしの絵付け体験はゲーム内にも活かされていたのである。


「それに、現実と違ってゲーム内だとスキルや職種の補正のおかげで上手く出来たりするし?」


 なお、こけしと言ってはいるが、本来のこけしとは違い絵柄は描いてはいない。


 木目調のまま、かたちだけこけしなのである。


 だからこそ、ゲーム内でのマロンが製作したこけし類は主に……ほぼ100%に近いが、性的なおもちゃとしてしか利用されていなかった。



「後ね、この場には他にいないから言うけど、私はまだ未貫通だからね。」



「何の話やねんっ!」


 性的な話であった。トリスのツッコミは、水族館にいるペンギンの羽の動きのように鋭かった。


 若干置いていかれ気味のアクアの表情がどことなくホッとしていたのだが、マロンとトリスは見逃していた。

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