第51話 美女誘拐。ただしその美女は子持ち

 南街区エリアにある噴水。


 噴水の周りには露店がいくつも出店しており、賑わいを見せている。

 闘技イベントがない平時にはここまでの数の露店は出店していないのだが、こうした街を挙げてのイベント事の時は、実に倍近い数の出店がされてかなりの賑わいを見せていた。


 予選開始前の時は地元民ばかりのため然程の賑わいではなかったが、イベントが開始されプレイヤー達が転移してきた事で、その賑わいは加速度的に跳ね上がった。


 また、南街区以外にも出店はされており、露店などの出店が増えた主に南や東は特に人で溢れていた。

 もちろん露店だけでなく、通常の店舗なども普段以上の賑わいを見せている。


 貴族街である北側も、貴族用に出店されている店が多数あり、そちらはそちらで別の賑わいを見せていた。


 軍の施設が多い西側が一番露店等は少ないかも知れない。


 治安を守る側の人間が、祭りと気を緩ませてはいけないのだろう。


 ほんの一握りの休養の者以外には、イベント事がある時は只のブラック職場になってしまうだけである。


 そして東街区のある一角。路地裏では数人の男女が悶着していた。


「や、やめて。ママを放してぇ返してぇぇぇ」


 小さな女の子が泣きながら叫ぶ。その女の子は一人の屈強な男に身体を掴まれている。


「あ、あんたたち。私が付いて行けば子供には手を出さないって約束っ!」


 母親らしき20歳前後に見える女性は、後ろ手にロープで縛られている。


「あぁ、一応約束だからな。約束した事は守るさ。その代わり……」



 その後女の子の大きな鳴き声が響き、女の子が目を開くと男達と母親の姿は消えていた。



 これはマロンが試合中の出来事である。





 第二予選が終了し、元居た噴水の前に転移したマロンは再び噴水の縁に座っていた。


 試合が終わって物思いに耽ってるのだろう、下を向いていた。


 (自分の貞操を奪ったあいつ。自分に復讐されたあいつ。)


 (それなのに、得体の知れない対戦相手から自分の身を挺して庇ったあいつ。)


 (最初に出会った時の事を後悔していた素振り。)


 (仕返しのためのタイマンはどうした意図があったのだろう。)


 (考えたってわからない。実際に体験した事が全て。)


 (本当に悪いと思っているならば、あの触手とは対話が可能という事。)


 (対話が可能という事は、場合によっては友達になれるかも知れないという事。)


 マロンはかつての出来事の影響で男性に良い思いは抱いていない。


 VRゲーム空間における魔物は性別そのものに値しない。だからこそ相手の中身がどうという事は意識の範疇外であった。




 そしてその後の出来事。


 触手トレントを無残にも屠られた事で混濁した思考に、マロン自身不思議に思ったが恨みが乗った。


 その結果、復讐と死の女神が何故か友達になっていた。


 農業の女神の時と同じような感覚だった。


 その結果死に関する踊りを無意識に踊り、相手をサクっと殺る事に成功した。


「うぅ、ステータス見るのが怖い……」


「よし。大会が終わったら3人で見せ合おう。今は見たらダメな気がする。」


 両の拳を握って勢いをつけたところで、目の前に見慣れた人物が立っていた。

 

「何を見せあうって?裸?」


 バカな事を言ったのは優勝候補二人を破って本戦出場を決めたトリスだった。


「は?ばかなの?ってその表情からするとトリスも予選は突破したっぽいね。」


「マロンもね。それにしては少し浮かなそうな顔をしてるけど。」


 二人は親友である。ちょっとした表情の変化で色々窺い知る事が出来た。


「……抽選は夜だっけ。」


「全試合終わってからだからそうじゃない?」


 マロンとトリスが今後の事を考えたところで、もう一人の仲間が到着する。


「お、お疲れ様です。流石にお二人とも本戦決まってますね。」


 アクアが少しもじもじしながら話に参加してくる。

 どうやらアクアも試合が終わって、元いた噴水前に転移してきたようだ。


「今だからぶっちゃけちゃうけどね、私達のステータスで予選敗退はありえなかったから。」


 ステータスだけが勝敗を決めるわけではないけれど、それだけ特出しているという事である。

 その時の感情、体調、モチベーション、対戦相手との因縁など……

 ステータスだけでは測れない、前評判だけでは測れないものがあるのが勝負というものである。


「そういえば、イベント後はここに自由に転移出来るようになるんだよね。」


 マロンが顔を上げてトリスとアクアに訊ねる。


「そうみたいだけど?」


「学校に通えたりするのかな。」


「どうでしょう?私はあまりそういうところは行きたいと思わないですけど。」


「さて。クエストで学生になれみたいのがないかまではわからないけど、生徒になるというのはないんじゃないかな。」


 学生になれば数年はそこに通わなければならない。1ヶ月限定の留学生とかならあり得るかも知れないが。全日制で何年も学校に通うとか、なんて地獄?というものである。


 いくら自由にゲームを楽しんで良いとはなっていても、生徒になろうとするプレイヤーは殆どいないだろう。


 

「時間も取られるし流石にないか。親方の元で修行とかを考えると、もしかしたら学生という選択肢もあるのかなって思っただけだけどね。」


 冒険者になったり職人になったりするのが大方のプレイヤーである。


 勝手に魔王軍ロールプレイをするようなキャラもいるかも知れないけれど。


 学生になる利点がどこにあるか。安定して勉学にしても魔法にしても技術にしても学べるという利点くらいだろうか。


 現実でも学生を経験しているプレイヤーが、ゲームをプレイしてまで学生になるという選択肢は選ばないだろう。


 抑、年齢の問題がある。ゲームキャラは設定上登録した本人の年齢が繁栄される。

 幼女キャラであっても30歳とか普通にあるのである。


 そうでないと18禁設定とかが存在する意味がなくなってしまうのが大多数である。


 えっちな事だけでなく、飲酒や喫煙などもゲーム内には存在する。


 それらは日本の法律に当てはめられているので、20歳未満は飲酒喫煙は不可能であった。


 色々リアルを再現しているので、効果や味なんてのも現実と変化はない。


 ログアウトすれば酩酊も醒めるが、ゲーム中は酔うのである。


 

「時間まで散歩しながら街のマップを埋めようか。」

 

 マロンは噴水の縁から降りると、尻をパンパンと払って散歩を促した。

 

 噴水広場を後にして町内を探索する。

 露店は一つ一つ吟味していてはキリがないので、気になったものだけ手に取って見たり買ったりするようにしていた。


 暫く歩くと目の前にこれぞ冒険者ギルドだなと分かる建物を発見する。


 

「登録出来たりするのかな?」


「さぁ?でも町スタートのプレイヤーは、その町で登録してると思うから、もしかすると可能かもね。」


 試しにギルドに入ろうと入り口へ向かう3人の前に、ギルド内から出てきた人物のおかげで入店する事は叶わなかった。



「おい、テレトはどうしたんだ?もう出勤時間1時間も過ぎてるぞ。」


「さぁ。子供の送り迎えって時間じゃないし、どうしたんですかね。」


 二人の男性がギルドから出てくると、何やら言葉を漏らしながら去って行った。


 大きな男性が二人も出てきた事で、マロン達は入るのを一瞬躊躇いを見せてしまった。


 そのおかげなのか、そのせいなのか、アクアの耳に小さな女の子と思われる声を拾う。


「待って。何か泣き声が聞こえます。」


 アクアは水の精霊。振動を伝って音を拾う事も人間等に比べれば長けていた。


「そう?どこらへんから?」


 自分には聞こえないとトリスはアクアに問いかける。


「あっち、あの方角から聞こえます。」


 もちろんその女の子らしき声以外の声も拾っている。


 隣の部屋でチョメチョメしていたら、アクアには筒抜けという事だ。


 アクアが先導してマロン達と一緒に早歩きをする。


 走れる程の体力はステータス的にはあっても、現実での思考が重なり走れないと思い込んでいる。


「あ、見えました。」


 アクアが指を差すとそこには泣きながら歩いている小さな女の子の姿を発見する。


 路地付近には店等もなく、人通りはほとんどない、女の子の事には恐らく気付いている人はいなかった。



「どうしたの?大丈夫?」


 アクアは努めて優しく声を掛けた。


 人が苦手とは言ってもそれはその他大勢であって、子供一人くらいであれば問題はなかった。


「うぇぇぇぇん。マ、ママが、ママが、へんなおじちゃんたちにちゅれてかれちゃったぁの。」


 少し前に出会ったアーリンより少し小さいくらいの女の子は、自分の母親が連れ去られた事を伝えた。


「君は大丈夫?痛いところない?」


 そう言いながらもアクアは水魔法の回復を女の子に施していた。


 ふるふると顔を横に振り痛くない事をアピールしていた。


「私はアクア。君の名前教えてくれるかな?お母さんを探すためにも教えて欲しいな。」


「うぅ、テレト。」



「ん?」


 3人はその名前に聞き覚えがあった。

 

 それはそのはず、ほんの数分前に冒険者ギルドの前で聞いた名前だったからだ。


「わたちは、プリュネ。」


 アクアと話す事で女の子……プリュネは泣き止んでいた。


 何度も目を擦ったのか、目の前が少し赤く腫れていた。


 プリュネが名乗った事で、先程のテレトというのが母親の名前だと察する。


「私はマロン。」


「私はトリスだよ。」


「それじゃぁお母さんを探しに行こうか。」  

 

 プリュネは「うん。」と答えてアクアの手を取った。


 この時、先程冒険者ギルドの前ですれ違った男二人の言葉を思い出していれば、また違った結果になったかもしれない。


 このゲームは、マロン達バケモノ計画を推し進めているとしか思えない方向へと導かれていく。

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