その瞳に何を映す?③差異を探して

 心美がやろうとしていることは単純明快。

 ユキの直近の記憶を覗くことで疑似的な視界共有を行い、自分の左手の瞳が映している世界との差異を探す。


 二重開眼による消耗の度合いは測りかねるが、これまで慣らしてきた甲斐もあって少なくとも十分な検証の時間は確保できそうだ。


「しかし……ある程度の当たりはつけないと……。人を見るか、場所を見るか……まあ、人でしょうね。ですが、情報量が……うっ」


 心美は少し頭を押さえながら、ゆっくりと周りを見渡す。

 一人と一匹の元々の視界に加えて心を読む瞳を開いていることによる情報量の増加。

 ユキの心を読みながらそれでいて周囲の人々の心も読んでいる。

 そして何が見えているか分からない瞳の検証で、二つの視界の差異にも気を配らなければいけない。

 ある程度見る物を決めておかなければ、頭がパンクしそうになると心美は何に注目するかを絞る。


 特定の場所にて効果を発揮する可能性もあるが、まずは人に注目することにした心美は、行く人々の心を読みながら進む。

 時には読みたくない心ともすれ違いながら、様々な場所を巡る。

 だが――――。


「……結局何も見えませんでした。それに……こんなに歩いたのは久しぶりかもしれないです……」


(ま、そういう日もあるよねー)


 歩き回ったことによる疲労からか少しぐったりしながら、心美は最後に冒険者ギルドへとたどり着いた。

 普段テレポートで移動することに慣れきっている心美の身体は、久しぶりの運動に貧弱な身体は悲鳴を上げている。

 そして相変わらずその瞳に映るものはない。

 二つの視点を持っていても見ているモノに何ら違いはない。


 このまま何の成果もないまま自宅に帰るのも癪なので、最後に何か一つ依頼をこなして気持ちよく帰宅をしようということで心美は手頃な依頼を探して依頼掲示板を見ていた。

 普段は採取一択だが、今回はユキがともにいるため討伐依頼も選択肢として浮かぶ。


(討伐にしよ! 討伐、討伐!)


 たちまちその心はワクワクに染まり、心美に討伐コールを送るユキは尻尾を激しく振っている。

 そんな熱烈なコールを華麗にスルーした心美は、気になる依頼を見つけた。


「調査……? なんでしょうこれは?」


(ねーねー、討伐はー?)


「ヴィオラさんに聞いてみましょうか」


(無視しないでー!)


 心美はその依頼を手にし、ヴィオラに詳細を聞きに行った。


 ♡


「おお~、その調査依頼ね~。やってくれるのかな~?」


「まだ決めたわけではないです。詳しい内容を教えてください」


「……と言ってもそこに書いてある通りなんだけどね~。依頼の内容はとある別荘……今は廃洋館――――の調査、そのまんまだね~」


「そうですか。本当にそのままなんですね。でもどうしてそんな依頼があるのですか?」


 心美は詳しい詳細を求めてヴィオラに尋ねてみるが、依頼の内容は記載の通り。

 なぜそんな依頼が貼られているのかという疑問をそのままぶつける。


「んー、これまでも調査は何度か行われたんだけどね~。その報告がまちまちなんだよね~。何も問題なし。異変あり。立ち入り不可とか。何かが潜んでいるって報告もあったし、たまに通りかかる人から騒音がするっていう報告もあったかな~? で、またギルドから調査依頼が出たってわけ」


「報告が随分と曖昧ですね。ですがそれを聞く限り何かいそうな気もしますが……」


「実際どうなんだろうね~? ま、もしやるなら見聞きしたものをそのまま報告してもらえばいいけど、そのかわり報酬はあまり弾まないよ~。それでもやるかね~?」


「……やりましょう」


「おっけーい。さすがココミちゃん。助かるよ~」


 この際依頼の報酬などあまり関係ない。

 ただ単に依頼をこなしたという実績が欲しいというのもあるし、一度興味を持ってしまったら気になって仕方がないというのもある。

 心美はもやもやした気持ちで今日という日を終わらせないために、謎の調査依頼を受けることにした。


 ♡


(ねーねー、何で討伐依頼じゃなくてこんな依頼受けたのー? ねぇ、何で何で?)


「気になったからです。そんなにふくれてももう受けてしまったのですから諦めてください」


(もー、次は絶対討伐依頼だからね)


「あはは、ユキちゃんご立腹ですね。でもこれも面白そうじゃないですか?」


(むー、そうだけどさ)


 心美は一度自宅に戻り、その後スカーとアオバも連れて件の廃洋館へと訪れていた。

 湖の近くに位置するこの洋館は以前まで別荘地として利用されていたらしいが、ある時期から誰も立ち寄らなくなり奇妙な噂が立つようになったらしい。


 そんな廃洋館の調査を引き受け、討伐依頼は却下されたユキは心美に不満を漏らす。

 よほど討伐依頼をやりたかったのか、いつまでも口を尖らせている。

 その様子を見てアオバは少しでもユキが依頼に対して前向きになるように誘導する。


 ユキだって全く興味がないわけではない。

 ただ、それ以上に討伐依頼を受けたい思いが強かっただけだ。


「でも調査の基準も曖昧ですね。別にこのまま何もせずに帰って何もありませんでしたーって報告してもバレないんじゃないですか?」


「まあ、そういうことをする人もいたかもしれないわね。でも、私はそんなことしません。ちゃんと中に入って調べましょう」


「そうだね。じゃあさっそく……ん? あれ?」


「どうしたのですか? 早く開けて下さい」


 アオバは依頼内容を聞いて率直な意見を口にした。

 依頼の内容が調査という明確な達成基準の設けられていないもので、アオバの言うようにズルをすることもできるのだろう。

 だからこそ、報酬額も低めに見積もられているのかもしれないと心美は訝しんで、きちんと依頼に臨むことを宣言した。


 そして廃洋館への調査へ乗り出して、いざ入ろうとしたところでアオバは抜けた声を上げた。

 扉を開こうとするものの、なぜか一向に開く気配はない。

 驚いた様子で心美の方を振り返るアオバは、少し口元を引きつらせていた。


「あれー、鍵でもかかってるんですかね?」


「なるほど、これが報告の一つにあった立ち入り不可……ですか。確かに扉が開かないのであれば入れないのでしょう」


(じゃあ、どうするの? 扉を魔法で壊しちゃう?)


「だめよ。勝手に壊すのはよくないわ。それよりもっと簡単な方法があるでしょう?」


 心美はそう呟きながら千里眼の瞳をおもむろに開いた。


「今中の様子を窺っているわ……外観もそうですが、中もそれほど散らかっている様子はないですね。ですが……所々何者かがいた形跡が見られます。やはり、っ?」


 心美は千里眼で洋館の中を窺って、ざっくりと見渡した。

 ぱっと見の外見も綺麗で、中もそれほど劣化は見られない。

 少し汚れているだけで、少し整備してやれば生活できそうな様子に心美は目を細める。


 だからこそ、明らかに何者かがいた形跡が目立って見える。

 読みかけの本、使用済みの食器、少し乱れた布団。

 自身の予想通り何者かの存在を確信した時、心美の左手がかくかくと震え出した。


 それは天秤が傾くように。

 まるでおもりを乗せられたように、額の心を読む瞳の瞼が突然重たくなった。

 自分の意思では開けていられない。

 重力に逆らうことができずにゆっくり閉じていく瞳。


 その一方で、左手の瞳が強引にこじ開けられた。

 その瞬間――――心美に千里眼と左手の瞳の二重開眼の状態が訪れた瞬間――――心美の見える世界は変わった。


「…………ああ、なるほど。そういうことですか」


「何か分かったのですか?」


「ええ、しばらくこのままでいくわ。ユキとスカーはごめんなさい。何かあればアオバを通してもらえるかしら?」


 心美は少しの間放心したように虚空を眺め、やがて一人で納得したように呟く。

 アオバは不思議そうに心美を見つめ、ユキは鳴き声で呼びかける。

 スカーさえも影から身を乗り出し、心美を心配そうに見つめていた。


 本来なら心を読む瞳を開きなおして、ユキ達に語りかける場面。

 しかし、心美はそれをせずに要件がある場合はアオバを通して伝えてくれと一方的に伝えた。


「さて、答え合わせの時間よ」


 心美はアオバと手を繋ぎ、テレポートを発動した。

 開かずの扉は無視してしまえばいい。

 その考えの元、来るものを拒む扉をすり抜けて、心美達は廃洋館の中へとその身を飛ばしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る