魔法
「キリちゃん! なんか面白い本ちょーだいっ!」
「そうね……これなんかいいんじゃない?」
「うんっ、面白そう!」
ルチカが司書の少女に手を差し出すと、少し考えて近くの棚から一冊の絵本を引きぬいて手渡す。
ルチカは満足したようで、受け取った本を大切に抱えて行ってしまった。
「それで? あんた達も何か読みに来たの?」
「はい。こちらはレヴィン家で保護することになったココミさんです。ココミさんにいくつか本を見繕ってもらいたのですが、お願いできますか?」
「ご紹介に預かりました。こちらでお世話になることになった心美です。よろしくお願いします……えっと、キリちゃんさん?」
「キリちゃんはやめなさい。キリエよ。ここの司書をやってるわ。本をお探しなら私に声をかけなさい」
キリちゃんと呼ばれることが不本意なのか少しムッとして名乗る。
少し不機嫌になりながらも司書としての役目は放棄せずに、心美に求める物を尋ねる。
「あんたは何が欲しいわけ? 本のタイトルが分かればそれが一番だけど、分からないならジャンルとかでもいいわ」
「それならまず……この辺りに関する地理が分かる本、植物図鑑、お金に関する知識が得られる本をお願いできますか?」
「ふぅん、随分と偏ったジャンルね。ま、誰が何を読もうと私には関係ないけど」
そう言ってキリエは指を軽く動かす。
すると本棚の手の届かない上段の方から本がひとりでに抜け、キリエの手元へとゆっくりと落ちてくる。
その様子を心美は、口を半開きにしてポカンと眺めていた。
一冊がキリエの手元に来てほどなくして、二冊、三冊と心美の要求した書が集まっていく。
「……今の、何ですか?」
今の、というのは目の前で起きた不思議現象。
事前の動作からこの本が飛ぶという現象を引き起こした人物は目の前のキリエであると推測し尋ねる。
「何って魔法よ。まさかあんた……魔法を知らないの?」
「魔法……ってあの魔法ですか?」
「どの魔法かは分からないけど、多分その魔法よ」
魔法という言葉を聞いて心美が想像したのは、何もないところから火を出したり水を出したりといったものだ。
そして今キリエが見せた本に触ることなく動かしたのもその魔法の一種なのだろう。
突然のことに驚きはしたものの、有り得ないことではない。
(私だって心が読めたり、遠くを見れたり……似たようなものでしょうね)
心美は既に超常の力に触れている。
今まではゲームや物語の中だけの力も、ここではよくあることなのだと改めて言い聞かせた。
「それはどういう魔法なのでしょうか?」
「物を浮かす魔法よ。本の移動はその応用ね」
そう言ってキリエは抱えていた本の束の下から両手を引き抜いた。
本来ならば重力に従って床に叩き付けられて音が上がるはずだろう。
しかしキリエの説明通り、物を浮かすという単純明快な魔法の効果は落下しないことからよく分かる。
「魔法……すごいですね」
「そんな大層なものじゃないわよ。この薬バカでも使えるし、よっぽど才能がないとかじゃなければあんたでも使えるわよ」
「ココミさん、見てください! ファイア……あいたっ」
「やめなさい。ここは火気厳禁よ」
キリエに引き合いに出されて実演しようとしたルミナスだったが、キリエに本の角で
叩かれて涙目になっている。
しかし、口にしていたワードからどんな魔法を使おうとしていたのかは察することができた心美は魔法に興味を持った。
「すみません。魔法の書のようなものはありますか?」
「あるわよ。初級編でいいわね」
キリエが浮かす本にもう一冊が追加され、心美はその束を受け取った。
「ありがとうございます、キリエさん」
「これが仕事だからいいわよ。違う本が読みたくなったらまた来なさい」
もう用はないと背を向けるキリエ。
さりげなくまた、という言葉が使われているため歓迎はされたのだろう。
少し口が悪い司書の優しさに心美はクスリとほほ笑むのだった。
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