言語問題

 書庫を出た心美は与えられた部屋に戻ってきた。

 ルミナスに他の場所の案内も提案されたが、少なくない本を抱えての移動は遠慮したい。


 何より借りた本に早く目を通したい。

 新しいおもちゃを貰った子供のようなワクワクに抗えず、ルミナスの誘いを断った心美だったが、開いた本を放り出して机に突っ伏している。


「なるほど……これは想定外でした。言葉は普通に通じたので読む方も問題ないと思い込んでいました。不覚ですね」


(えー、ココミ読めない本を借りたの?)


「仕方ないでしょう。そこまで思い至らなかったんですよ」


 心美は意味もなくページをぺらぺらと捲る。

 しかし、その文字列が何を意味しているのか認識できない。


 分かるのは何かが記してあるということだけ。

 言葉の壁を認識してため息をついた心美は、どうしようかと頭を抱える。


「ユキは私の言葉、分かりますよね?」


(当然。じゃないと会話できないよ)


「ルミナスさんやルチカちゃんの言葉も分かる。なら今の私は読み書きができない状態ということですか」


 話す、聞くは問題なくできる。

 言語を全く理解できていない状況よりはよっぽど救いようがある。


「ちなみにですがあなたは文字を読めますか?」


(何言ってるの? 読めるわけないじゃん)


「そうですか。そうですよね」


(私が文字を読めたら何かいいことあるの?)


「ユキが文字を読めたら本の文字と心の声を頼りに法則性を導けるかと思いましたが……そううまくはいかないものですね」


 文字一つに対して音が対応しているなら、心を詠んで覚えればいい。そうじゃなかったとしても、音を形成する法則さえ分かってしまえば、あとは簡単だ。


「ルミナスさんに音読してもらって解読するという手もありますが……そんな回りくどいことをするくらいなら素直に教えてもらいましょうか」


 人の前で瞳を開くのは露見するリスクもある。

 それに心と声が一致するとも限らないため、解読がうまく進まない可能性もある。

 それならば、初めから文字を読めなかったということを正直に話して、一から文字を習ってしまおうという考えだ。


「そういうことだから私はルミナスさんを訪ねますが、ユキはどうしますか? また瞳は閉じるので退屈させてしまいますが……」


(私も行くよ! うまくいけば私も文字を覚えられるかもしれないからね)


「それはいい考えね。じゃあ一緒に行きましょうか」


 ♡


「なるほど……事情は分かりました。記憶があやふやだと文字が分からなくなっていてもおかしくはありませんね。ですがココミさんはこうして話すことができるのですぐに覚えられますよ」


「ありがとうございます。頼りっぱなしで申し訳ないです」


 ルミナスを訪ねて事情を説明し、文字の読み書きを教えてほしいと頼む。

 事情を聴いて察してくれた彼女は、任せてくださいと胸を叩く。


 その頼もしい様子に心美はお礼を言うが、度々迷惑をかけることになり申し訳なく思う。

 その心情を読み取ったのかルミナスは心美の顔に手を伸ばして、両手の人差し指絵心美の頬を押し上げた。


「知ってました? こういう時は笑ってありがとう、って言ってもらえた方が嬉しいんですよ」


「ふふ、そうですね。ありがとうございます」


 頬を指で押されニッと不格好だが笑う形となった心美は改めてお礼を言う。


「それでは早速ですが始めて行きましょう。うまく教えられるか分かりませんががんばります!」


「よろしくお願いしますね」


 こうして読み書きの授業が始まった。

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