蒼薔薇の精霊
突如視界に現れた者。
蒼髪ショートヘアに青薔薇をモチーフにした髪飾りを身に着けている。
ボクという一人称を使っていても一目で少女と分かる服装と身体つき。
淡い青色のワンピース姿がよく似合う、とてもかわいい美少女だった。
そんな彼女を目の前にして心美は焦るでも騒ぐでもなく、シンプルに何者かを尋ねた。
「ボクが何者か……か。そんなに知りたい?」
「見つけてとか言っていた割には勿体ぶりますね。教えてくれないというならようやく見えるようになった心を記憶ごと侵して情報をもぎ取ってもいいんですよ……?」
「わああーっ、待って待って! ちゃんと話すから!」
「なるほど……私が心を読めることに何一つ疑問を抱いていない、と。随分一方的に私の事を知っているみたいですね。全部話してもらいますよ」
四つの瞳に射貫かれ、正体を問われる彼女は不敵に笑う。
だが、姿が見えるだけでなく心も見えるようになったということは、心美の不安要素は消え去ったと同義だ。
口を紡ぐつもりなら心をこじ開ける。
まさに強硬手段。
なるべくやりたくはない手段だが、そういう手段も取ることができるということを示すと同時に勝手に読み始めたところで、少女は慌てたように身振り手振りで心美に待ちを訴える。
その様子を見て心美は確信した。
少女は心美のことを知っている。
でなければ心を読むなんて恐ろしい力に何一つ感情を動かさないなんてありえない。
本当にそんなことができるのかという疑念でもなく、心を読まれることへの恐怖でもない。
ただその事実を目の前にして、ほんの少しだけ焦るだけ。
それは明らかに心美とその力を知るのもの反応だったのだ。
「結論から言っちゃうけど、ボクは君が持ってきたこの薔薇に宿っていた精霊なんだよ!」
「精霊……ですか?」
「あれ? 精霊を知らない?」
「いえ、そういう訳ではないですが……なるほど。私の持ってきた薔薇に……」
「そうそう。寝て起きたら連れ去られてたからびっくりしたよー!」
精霊。草木や動物、人工物などに宿る自然的な存在。
詳しくは心美も知らないが、書物などで得た知識くらいは持っていたため精霊の存在自体にそれほど驚きはなかった。
むしろ驚いたのは彼女が精霊だという事実よりも、彼女がここにいる理由の方だ。
彼女は自分を薔薇の精霊だと語った。
そして、心美が薔薇を手にした機会は一度きり。
ジュエルローズ採取に赴いた薔薇園でだけだ。
そこからいくつか選んで持ってきた薔薇。
数だけ見るなら全体と比較してほんのわずかと言って差し支えない。
何ならそのうちのいくつかもルミナスたちにお土産として分けた。
そのはずだったのに、心美の手元に残ったそのいくつかの内に精霊が宿っていて、しかもお持ち帰りしてしまっていたなどとは夢にも思わないだろう。
「知らなかったとはいえ勝手に連れてきてしまって申し訳ないですね」
「それは仕方ないよー! ボクも事が進んでるときに起きれなかったし、仮に起きてたとしても君に気付かれなかったと思うから多分どうにもならなかったよ」
「そう言ってもらえると非常に助かります」
「うん。でも、ボクもぎりぎりだったから気付いてもらえてよかったよ。このままじゃ消えちゃうところだったから」
「どういうことですか?」
消える、という心穏やかではない単語に心美は目を細める。
おちゃらけた様子で話す彼女もこればっかりは参っていたのか、頬を掻きながら困ったように苦笑いを浮かべている。
「君は精霊の力の源を知ってる?」
「火の精霊なら火、水の精霊なら水のように、象徴としているものですよね?」
「そこまで分かっていたら話は早い。ボクは薔薇に宿る精霊だから当然力の供給には薔薇が必要だ。だけどここには枝から切り離された薔薇しかない。しかももうすぐ枯れそうっていうおまけつきでね」
「……もしやこの薔薇が枯れずに状態を保っているのもあなたが何かしているのですか?」
「そうだよ。この薔薇が死ぬのはボクも困る。だからボクの力で生かしてたんだ」
薔薇の精霊にとってこの飾られた薔薇は家であって残された力の源だ。
それが尽きてしまえば力を受け取ることができなくなり、己自身もただ朽ち果てるのを待つだけの存在となってしまう。
それが近付いていたからこそ、心美に認識されることが何よりも大切だった。
「なるほど。私が少々の薔薇と共に連れてきてしまったばっかりに、力の源泉から遠ざけてしまった。そしてその限られた少々の薔薇も寿命を迎えて朽ちようとしていたため、そちらの維持に力の大半を費やしてしまって、今度はあなたの存在維持が危ぶまれていたと……。そういう解釈で問題ないですか?」
「理解が早いね」
「……そうですか。それは本当に申し訳ないことを……。すぐにあの薔薇園に戻りましょう」
一度は気にしなくていいと言われたものの、話の全貌が見えてくるとそうもいっていられない。
薔薇精霊にとってこれ以上ない環境から引きはがしてしまったことの罪悪感。
二度と足を踏み入れることはないと思っていたが、あの薔薇園にこの精霊を戻してあげるのが償いになると心美は提案するが、彼女は首を横に振った。
「そんなことよりもっと簡単な方法があるよ」
「簡単な方法ですか?」
「うん。薄々気づいてるかもしれないけど……君、ボクと契約する気はある?」
精霊が力を取り入れる方法は主に二つ。
力を司る象徴から自然的に獲得する方法。
そしてもう一つは、人間と精霊契約を結んで、直接力を得る方法。
「自然的な供給でも存在自体は保てるからそっちでもいいんだけど……君との契約は面白そうだからね」
「面白そうって……そんな理由で契約に踏み切るのはどうなんですか?」
「あれ? 意外と乗り気じゃない感じ?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……正直急展開すぎて混乱してます」
新たな瞳の開眼。
それに伴って見えるようになった少女。
その正体は薔薇の精霊。
そして持ち掛けられる契約。
心美に一度にして降りかかったイベント。
混乱してしまうのも無理はない。
「ちなみに契約というのはどのようなものなんですか?」
「うーん、ざっくりというなら交換条件みたいなものかな? ボク達精霊は人から力を受け取る代わりに、契約者に力の一部を分け与えるの。そうしてエネルギーを満たしてもらうことで、ボク達は真の意味で顕現できる」
「顕現?」
「精霊って結構弱い存在でさ。君には見えてるからこうして話もできるけど本来なら普通の人には見えないし話もできない。でも、契約を結んで契約者から力の供給を受ければ、周囲に認識してもらえるだけの力を得られるの」
精霊とはあやふやな存在だ。
意識はあり心もあるが、魂的な存在で肉体はない。
だが、契約して安定した力の供給を受ければ、確かな存在として確立でき、疑似的な肉体も得ることができる。
彼女は例の薔薇園に帰ることを拒み、心美のとの精霊契約を望んだ。
だが、精霊も相性というものが存在し、誰彼構わず契約を持ち掛けられるわけではない。
「精霊契約は相性が悪いと行えない。仮に行えたとしてもお互いの長所を打ち消す鎖となる……というのを本で読んだことがあるのですが、それは本当ですか?」
「本当だよー。たとえば火属性に適性があるけど水属性には全く適性のない人が水に関連する精霊と契約を結んだとする。この場合起こり得る可能性は三つ。一つ目はどちらの適性も得られる。二つ目は一方の適性しか得られない。そして三つめはどちらの適性も失う」
「やはりデメリットになる可能性もあるのですね……。では私とあなたの相性は?」
「悪くない……どころかすごくいいよ。じゃないと契約なんて持ち掛けないしね」
精霊は本能的に相性のいい人間を見分けることができる。
そして心美の場合は特殊なケースかもしれないが、契約前の精霊は基本的に相性のいい人にしか認識できない。
「でも、いいんですか? 私で?」
心を読めば分かる。
状況に流されてだとか、やむを得ず妥協してだとかで彼女が心美を選んでいないことは。
それでも契約という名がつく以上、これから長く付き合っていく事になる。
こんな簡単に決めてしまっていいものなのか、心美は決めあぐねていた。
「まあ、そうだよね。本当はもっとゆっくり考えて決めてもらってもいいんだけど、ボクにはもう時間があまり残されていない。だからなるべく早めに決めてほしいかなーなんてね」
「……ちなみに存在の維持ができなくなって消えてしまうとどうなるのですか? 死んでしまうのですか?」
「死にはしないよ。ただ消えるだけ。ただ復活するのには運と時間が必要になるね」
「……もう一度確認します。契約を結ぶことによる双方のメリットはあなたは私から力の供給を受け、存在を維持し、より強固なものにできる。私はあなたの司る力の一端を扱うことができる」
「それで合ってるよ。デメリットはないと思ってもらって大丈夫」
最終確認。
彼女と契約することにより発生するメリット。
それだけでも契約に踏み切るには十分だ。
心美は少しの葛藤ののちに決めた。
彼女を受け入れる覚悟を。
「分かりました。至らないところはありますが、どうぞよろしくお願いします」
「そう言ってくれると思ったよ! よろしくね!」
彼女が嬉しそうに告げると、心美は自身の身体に何かが入り込んでくるのを感じた。
精霊契約は魂の結合。
切っても切れない存在になる。
そんな彼女と一つになるのを感じているのだろう。
「あ、そうだった! 名前、ちょーだい! それで契約は完了だよ」
「名前ですか……。では青薔薇から取ってアオバというのはどうでしょう?」
「安直! でもなんか気に入った!」
心美は名づけを求められ少し考えてアオバという名を挙げた。
全体的に青いイメージや、身に着けている髪飾りなどから青薔薇が連想された。
何のひねりもない、安直な名前であることの自覚はあった。
だが、それがしっくりときたのだ。
彼女も異を唱えることなく、その名づけを受け入れる。
「ボクはアオバ! よろしく、マイマスター!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
二人は青白い光に包まれる。
その瞬間、青薔薇の花弁が咲き誇るように舞い上がった。
青薔薇の精霊、名をアオバ。
名を貰い、新たな身体を得ることで生命の芽吹きが始まった。
幻想的に舞う花弁の中、二人は確かな繋がりを得た。
キラキラと輝く青の光が収まる瞬間、精霊契約は結ばれたのだった。
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