黒い猫が仲間になりたそうにこっちを見ている

(えっ? 黒い猫? これが木箱から飛び出してた黒いの?)


「恐らくそうでしょう」


 心美の呼びかけに応えて顔を出した黒猫。

 心美の影からもそもそと這い上がるように現れ、気持ちよさそうに伸びをした。


(あそこから出してくれてありがとう。もう少しで売られるところだった)


「……なるほど。確かユキを目撃した際も高く売れるとかなんとか言っていましたね。珍しい動物は高く売れる……ということはあなたも珍しいのかしら?」


(さあ、分からない。でも私を捕まえた人達は影に潜り込めるのがキショーセイとか言ってたよ)


「希少性ですか。その影に潜り込める特性は相当に珍しいでしょう。その力で私の影に隠れてあの場を逃れたのですね」


(うん。勝手に入ってごめんね)


 木箱を開けて飛び出した黒い塊の姿を確認できなかったのは、心美が振り返った時点ですでに影の中へと潜んでいたから。

 そのことに気付かずにテレポートした心美についてくる形となり、心を読む瞳に声を聞かれるまでその存在を認識させることなく隠れていたということだ。


「あなたの事に気付かずにここまで連れてきてしまいましたがあなたはどうしたいですか? どこで捕まったのかは存じ上げませんが、元居た場所に帰りたいなら送っていきますよ?」


(……いや、いい。どうせ戻ってもいつかまた誰かに捕まる。それならあなたの方がいい。あなたの影は居心地がいい)


「居心地、ですか?」


(うん。相性のいい人だとすべすべでシャキーンって感じだけど、だめな人だとごわごわでミニョーンって感じ。あなたはモフモフのピカピカリーンって感じでとっても安心できたの)


「なるほど。よく分かりませんが分かりました」


 心美は気付かずに連れてきてしまった黒猫に元の居場所に送り届ける提案をする。

 男達に捕まってしまう前に居た場所に帰りたいという願いがあるならば、心美はそれを叶えるつもりだった。

 しかし、黒猫の返答は否。


 取り急ぎの隠れ家として入り込んだ心美の影を存外気に入ったらしく、このままいたいそうだ。

 その居心地の良さを何とか表現しようと努力はしたみたいだが、心美にはうまく伝わらなかったようで少ししゅんとしてしまっている。


「……私と一緒に来てくれるんですか?」


(うん。影も気持ちいいし、言葉も通じるし、文句なし)


「こちらにいる私の初めての友達の白い狐、ユキとも仲良くできますか?」


(できるよ。よろしくね)

(仲よくしよーね!)


「分かりました。私の名前は心美です。好きなように呼んでください。そしてあなたの名前はスカーよ。よろしくお願いしますね」


(分かった。じゃあココミじゃ長いからココって呼ぶね。よろしくココ)


 心美は黒猫を受け入れて、自己紹介をして名づけをする。

 付けた名前はスカー。

 黒猫はそのことに対しては薄めの反応だったが、嫌がってはいないから問題ないだろう。


 スカーは心美の三文字を気だるげに長いと言い、一文字削ってココと呼ぶようになった。

 あだ名をつけられて新鮮な気持ちの心美は、少し嬉しそうに顔を綻ばせている。


(じゃあ私は影に帰る。おやすみココ)


「自由ですね。分かりました。おやすみなさい」


 猫は自由気まま。

 その行動は制限できない。

 再度短く鳴いて心美の影へと丸まった状態で沈んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る