解は解でも誤解、でも和解

 心美は転生した際に容姿が少しばかり変わった。

 不思議な力を持つ瞳が備わっていたこととは別に、髪色や目の色が変わっている。


 では、変わらなかったものは何か。

 気にする余裕がなかったわけではない。

 しかし、心美の中では優先度は低かった。

 その身に纏うボロボロで所々赤黒く汚れた学生服の事を、心美はそれほど深くは考えていなかったのだ。


 ♡


「なるほど、そういうことですか」


 明らかに怪しまれている。それに気付いた心美は銀髪の前髪に隠れた額の瞳を開き、髪の隙間から覗かせてなぜこのような眼差しを向けられているかを探った。


 ルチアがルミちゃんと呼んだ女性は心美をジッと見つめているが、銀髪の裏で薄く開く瞳からは逃れられない。

 こうして白日の下にさらされる思いは、実に単純明快で心美も納得のいくものだった。


「どうやらあの方は私のこの格好を見て怪しい存在だと認識しているようですね」


(そうなの? 確かにココミはヘンな恰好だけど、優しいよ)


 ぼそりと向こうに聴こえないように小さく言う。

 ユキは信じられないといったように心を揺らして抗議するが、その声は心美にしか届かない。

 心美自身その心情には納得せざるを得なかったため、次の一手をどう切り出そうか迷っている。


 心美の服装は事故の影響でそれなりに変質してしまっている。

 白地のシャツにはどこかから出ただろう血で汚れていて、スカートはあちこち破れている。

 そんな怪しさ満点な少女が保護すべき者と共に現れたともなれば、疑いの眼差しが向けられるのも無理はない。


(この状況、どうしましょうか?)


 後ろめたいことは何もない。

 ただただ迷子の少女を発見し、ここまで連れてきただけだ。

 しかし、この警戒されている状態で信じてもらえるのか。


(……この女の子、ルチカお嬢様と一緒に森から出てきたわね。あの服に付着したのは……やっぱり血よね。どういう事情か分からないけど気は抜けないわね)


 心を読んで最大限警戒されていることを理解している心美は、どう切り出すのが最適解か悩ましいところだった。

 せめて向こうから攻撃以外のアクションがあれば……そう思っていたところ、救いの手は差し伸べられた。


「ルミちゃん、勝手に離れてごめんね。でも、迷子になってたのをあの人が見つけてくれてここまで連れてきてくれたの」

「えっ? そ、そうでしたか」

 半ば睨みつけるかの剣幕で心美を警戒していた彼女も、ルチカの一言でそれは無用のものと気付き、即座に謝罪した。


「恩人であるあなたにお礼もなくこのような失礼な態度をお取りしたこと、お詫び申し上げます」


「……いえ、気にしてませんよ。偶然ですが見つけることができてよかったです」


 心美は深々と頭を下げる彼女に気にしていない旨を伝え、頭を上げるように言う。

 疑いの視線を向けられるだけならば、多少不快な思いもしたかもしれないが、心を読んだことで納得がいっている。


 自身の恰好が普通でないと分かっていながら、優先はしなかった。

 川を発見したため血を落とすことはできたかもしれないが、着替えもない状態で野外にて半裸になる勇気を心美は持ち合わせていなかった。


 どうにもできない理由ではあるが衣食住の食を優先して、衣を後回しにしてしまった心美の落ち度も少なからずあるだろう。

 しかし、誤解は解けた。心美にとってルチカ達は初めてコンタクトを取れた人間なので確認したいことなどを解消する機会。


「自己紹介が遅れましたね。私は心美。こちらはユキです」


「ご丁寧にありがとうございます。私はルミナス、薬師です。今日は薬の材料を集めに来たのですが、途中でお嬢様とはぐれてしまい……本当に助かりました」


「だってルミちゃんの話、長いし何言ってるか分からなくてつまらないんだもん」


 ルチカは心だけでなく口も正直で、心を詠むまでもなくルミナスと離れた理由を話してくれた。

 なんでもルミナスは薬草や薬に関係する話になると饒舌になってしまうらしく、難しい話についていけず退屈し始めたルチカが蝶を見かけて追いかけていった。

 ルミナスは話すことに夢中で気付いた時にはルチカは消えた後で、慌てて探していたとのことだ。


「お嬢様に何事もなかったのはココミさんのおかげです。ぜひお礼をさせて頂きたいのですが……」


「あっ! それじゃあお家に招待しようよ! 私もお礼したい!」


「そうですね。ではこのままお連れしましょうか。ココミさんもよろしいでしょうか?」


「え? あ、はい……」

 何が何だか分からないうちに勝手に進んでいく話。

 しかし、招待してもらえるのなら断る理由もない。

 心美は流れのままにただ頷くのみだった。

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