その瞳に何を映す?⑤霊視

 調査依頼が用意されるほどの廃洋館。

 廃と付くからには人が住んでいるはずもなく、調査をするにあたってノックという行為は必要ないはず。

 だが、心美はその必要ないはずの行動を取った。


 この行動の意味が分からないほど、ユキもアオバも鈍くはない。

 心美の見えているモノは分からなくともそれくらいは察することができる。

 どこかお宝探しのような気持ちもあったはずだが、それを心の奥底に押し留めて気を引き締める。


「何か音がしましたね」


「何か声も聞こえましたよ……」


「私には聞こえませんでしたが……今はこちらですか」


 心美の胸元には二つの瞳が浮いている。

 千里眼の出番はひとまず終わりで、代わりに心を読む瞳を開く。

 これまで遮断していたユキやスカー達の心の声も聞こえ、少し安心感を覚えた心美はそのまま扉を開こうとした、その瞬間。


「ひっ……びっくりしました」


 ギギ、と音を立てて半分ほど開いた扉。

 しかし、心美はまだ力を加えていない。

 つまり、勝手に開いたということだ。


 心美は突然の出来事に慌てて手を放して後ずさる。

 取っ手を掴んでいた手がわずかに震えているのを押さえて、半開きになった扉の向こう側を見た。


「ココミ……聞こえる……?」


「ええ、聞こえます」


(私は何も聞こえないよ?)


 心美は明らかに聞こえた声と、それを聞こえないというユキの報告に顎に手を当てて目を細めた。

 少し考えこむようにぶつぶつと何かを呟き、やがて一人で納得したように顔を上げた。


「あなたとスカーはあまり役に立てないタイプのお仕事だったかもしれないですね。窮屈だと思いますが一旦おとなしくしておいてください。……ですが、私達が危なくなったら助けてください」


(せっかく来たのに何もできることがないのは残念だけど、ココミがそう言うなら仕方ないね)

(……ん、暇なのはいいこと)


 そう指示を出して、心美はアオバとその子供部屋へと足を踏み入れた。

 何度も響く声はどんどん近くに聞こえる。


「…………だれ?」


 心美でもユキでもスカーでもアオバのものでもない声を、ココミとアオバは聴いた。

 幼くも冷たさを感じさせる、無機質な声。


 その中に何がいるのか。

 心美は知っていた。

 だが、それでも、覚悟を決めて訪れたはずなのに。

 心美はアオバの腕に抱き着くような恰好で対面することになった。


「ちょ、ココミ。急に何ですか?」


「すみません。とても残念なことに仮説が正しいことが分かってしまったので、ちょっと腕を貸してください」


 心美は腰の引けた状態でアオバの腕に縋りつく。

 そのままの状態でいつもの口調で話すが、顔は少し青ざめていて声は震えている。

 そんな状態で左手の平に宿った瞳を遊んでいるかのように開けたり閉めたりを繰り返しながら、どんどん顔色を悪化させていく。


「……この瞳はで間違いないでしょう。ユキとスカーに見えていないし聞こえてもいないのでしょうが、今……私達の前に足の透けた男の子がいる、ということだけ言っておきますね」


 心美はその瞳の力を霊視であると確信した。

 瞳を開くと視える、瞳を閉じると視えない。


 その本能で理解してしまった瞳で、正体を見つめる心美の身体は小さく揺れる。


「お姉さんたち、だれ?」


 おもちゃの散らばる部屋に、いかにもふさわしいと思える心美より一回りも小さな子供。

 そんな男の子は目の前に訪れた侵入者心美達に、再度何者なのかを問うのだった。

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