その瞳に何を映す?⑥お化けは苦手

 心美は普段のクールで落ち着いたイメージを微塵も感じさせないほど取り乱している。

 それは瞳の力が霊視であると判明したから。

 そして、その霊視によって見えている存在が肉眼では見えない。

 つまり、目の前の男の子が幽霊だと理解せざるを得なかったからだ。


 千里眼と霊視の二重開眼でこの部屋を覗いた時になんとなく察しはついていた。

 心を読む瞳との組み合わせでは何も見えなかった千里眼が、組み合わせを変えただけでを捉えた。

 その事実は心美を悟らせるのに十分すぎるほどだった。


 単刀直入に言ってしまえば、心美は幽霊――――いわゆるお化けというものが苦手だ。

 そんな苦手から目を逸らして、意識を逸らして、騙し騙しでここまでやってきたが、いざ対面してみればもう取り繕う余裕もない。


「ココミ、もうちょっと力を抑えてもらえますか……? ちょっと痛いですよ」


「すみません。無理です」


「そんなきっぱり言わなくても……」


 キリッとした表情で情けないことを告げる心美。

 初めはアオバの横に立っていたはずがアオバの腕を引っ張りながら徐々に後方でと移動し、現在は半身のアオバの後ろに身を隠すようにしている。

 アオバの肩越しに見える男の子。

 その子の問いかけに意を決して答える。


「……わ、私は心美です」


「ボクはアオバ。よろしくね」


 心美が痴態を晒している間にどんどん後回しにされていた自己紹介。

 心美はやせ我慢しながら、アオバは笑顔で手を振りながら行った。


「そう、僕はヒロ。お姉さんたちも僕の大事なものを奪いに来たの? ここを荒らしに来たの?」


 ヒロと名乗る男の子は心美達の自己紹介を受けて次の問いを送る。

 この場に来た目的。

 明らかに怪しまれている状況で、彼の心を読み取って何が不正解の返しかを理解した心美はアオバの袖を握りながら答える。


「いいえ。私達はあなたの大切な物を持ち去ったり、大切なこの場所をめちゃくちゃにした人とは違いますよ」


「そう、ならよかった。いちいち追い返すのは大変だからね」


 ヒロが心美達に問いかけたとき、心を読む瞳にはある光景が映し出された。

 何者かがこの洋館で何かを探してあちこち荒らしたり、壊そうとしたりする姿。

 そして、その者達を不思議な力で追い払うヒロの記憶。


 警戒されている状態で言葉を信じてくれるか分からなかったが、ひとまず第一関門を突破したようで心美は胸をほっと撫で下ろす。

 しかし、霊的存在と対峙しているからか相変わらず顔色は悪い。


 そんな心美の心を支えているのは、心を読む瞳と、皮肉にもその姿を認識できる霊視の瞳のおかげだ。

 見えないより見え、聞こえないより聞こえる方が安心できる。

 見えず聞こえず、そこに霊がいる事だけが判明していたら、とっくに逃げ帰ることを選択していただろう。


「お姉さんたちも一緒に遊ぼ。ちょっと待ってて、あれ持ってくるから」


 ヒロは心美達を敵ではないと判断したのか、無表情を崩し、笑顔で言う。

 そのまま心美達の返事も効かずにあれとやらを取りに行くヒロ。

 残された心美達はすかさず作戦会議だ。


「はぁ、怖かった。アオバは何ともないのですか?」


「んー、ボクも一応精だからね。似たような存在って認識だしそんなに怖くないけど。むしろヒロ君小っちゃくてかわいくないですか?」


「まあ、姿だけならそうですが、それでも私はお化けが苦手なんです」


 幽霊と精霊。

 性質は違えど、同じ霊という文字が付くだけあって似たような存在らしい。

 アオバはヒロを同属のようなものとして認識しており、ほとんど同族であるから姿も見えるし、声も聞こえるようだ。


「それにしても遊びですか。そんな悠長してていいのでしょうか?」


「いいんじゃないですか? とりあえずあの子と遊びながら情報を引き出しましょう。ココミも大変かもしれませんが、しっかり


「……あの子が何をしでかすか分からない以上、ひとまず従っておくのが賢明ね。私も引き続き瞳を使うわ。アオバは会話で探ってちょうだい」


「分かりました。それでいきましょう」


 これはあくまでも調査。

 少しでも情報を得られた今、ここで逃げ帰ってもだれも文句は言わないだろう。

 しかし、この中に今すごすごと逃げ帰るという選択肢を掲げる者はいない。


 ヒロという明らかに異質な存在。

 その正体を暴く。


 心美はヒロの記憶を垣間見てその危険性の一端に触れた。

 招かれざる客を追い払うと公言した力は伊達ではない。

 下手な行動を起こすより、水面下で情報を集め、探る方が手っ取り早いという判断だ。


 心美は苦手と向き合い、恐怖を抑え、その瞳を見開いた。

 しかし、相変わらずアオバの傍から離れられないのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る