雪VS薔薇

「さて、始まりますね。スカーはどう見ますか?」


(アオの勝ち目は薄いんじゃない? 模擬戦と言えどあの子は容赦なくアオの弱点を突くでしょう?)


 心美達は椅子を窓際に移し、庭にて向かい合うユキとアオバを眺めていた。

 家の中でバチバチと闘志を迸らせる二人を放っておくとそのまま戦闘を始め、家がめちゃくちゃになるような気がした心美は外でやるように言い放った。

 こうして模擬戦のステージを家の外に移し、舞台は青薔薇に囲まれた庭となった。


 心美はスカーに戦況がどう転ぶかを尋ねる。

 するとスカーはユキが優勢であると即答をする。

 自己紹介の際にスカーはアオバに弱点を尋ね、心美達もその話を聞いている。

 既知の弱点をユキが見逃すはずもないと確信しているようだ。


「確かにそれは間違いないですが、アオバもタダではやられませんよ。実際にアオバの力の一端を扱ってみて分かったことですが……あの子は相当しぶといはずよ」


(ふーん。ま、確かにこの環境自体はアオに有利に働く……か。ユキもむやみに自然破壊はしない……はずだし、そう考えると分からないかも)


「始まりそうね。危なくなったら止めに入りますが、それまでは見守りましょう」


 ♡


(ありがとね。こんな機会を用意してくれて)


「興味本位で言ってみただけだったけど、ユキちゃんって意外と戦闘狂なの?」


(違うよ。初めは魔法を覚えたらココミの役に立てるかなって軽い気持ちでやってみた魔法だけど、今は純粋に楽しいの!)


 初めは些細なきっかけだった。

 心美が転移の魔法を習得しようと魔導書を読んでいて、それを覗いてみて自分でもできるかもしれないと思った。

 己の魔法の行使から心美がきっかけを掴み、褒められたことで魔法を覚えればもっと役に立てる、そう思い至ってさらに打ち込んだ。


(自分だけで練習するのも、討伐依頼で試すのも楽しいけど、アオちゃんと遊ぶのはもっと楽しそうだね!)


「おっと、そんな期待の眼差しを向けられては困ってしまいますね。ボクも頑張らないといけません」


(せっかく遊ぶんだから、すぐに終わっちゃ嫌だからね!)


 開幕はユキの魔法からだった。

 彼女が一番得意としている氷の弾が、アオバに向かって射出された。


「いきなりはびっくりするじゃないですか。当たったらひとたまりもないですよ」


(当たったらでしょ! このくらいじゃどうってことないでしょ)


 不意打ち気味の氷撃はアオバに届く前に、青い薔薇に阻まれて止まっていた。

 薔薇の花弁が舞い、アオバが得意げに氷手を広げてユキを見下ろす。


「ボクは確かに低温も苦手だけど、火で燃やされたりするよりは断然マシだね」


(むー。私は火の魔法は苦手なの!)


「そうですか。それはありがたい、ですよ!」


 アオバが腕を振り上げるとその動作に呼応するように地面から棘の生えた蔓が生えてきてユキを捕まえようとする。

 しかし、アオバのできることからその手で来ることが予想できていたのか、ユキは慌てることなく避け、間髪入れずに反撃をする。


(なんちゃってウインドカッター! これならちょっとは効くでしょ?)


「そんなこともできるんですか……! 斬撃は厳しいのですが……まだボクには届かないよ!」


 心美もスクロールを利用して使ったことのある風魔法ウインドカッター。

 その名の通り風の刃で斬り裂く魔法だ。

 完全な魔法ならばもっと斬れるのだろうが、ユキのそれはまだ未完成なのかかなり威力は低い。

 そのためアオバに届かせるには至っていないが、それを防ぐ青薔薇もボロボロになっていることから有効であることが見て取れる。


(ウォーターバレット!)


「おや、氷ならまだしも水? もしかして水やりですか? ありがたく受けちゃいますよ」


 動きまわりながら水撃を放つユキ。

 それに対してアオバは防ぐことも避けることもせずにその身で受けとめる。

 植物の精霊、水に対しては耐性があり、逆効果なのか嬉しそうにしている。


(じゃあ、これはどう? なんちゃってアイスサークル。だけど水に濡れた今のアオちゃんなら……大分効くんじゃない?)


「あらー、これは参りましたね」


 アオバの足元に展開された魔方陣。

 そこから吹き出すのは冷気。

 これもまだ不完全なのか冷気自体はそこまで強くない。


 だが、アオバの濡れた状態が作用して、温度の低下は早まる。

 行動不能という訳ではないが、低温には弱いアオバは苦笑いを浮かべている。


 花弁を動かしてユキの視界を遮り、地面から生やす蔓で狙うもその動きは先程までの切れはなく、かなり鈍っている。

 ユキはそれを難なく避けて、追撃を加えようとする。

 その時、これまで座って眺めていた心美が動き出した。


(アオちゃん、楽しかったよ!)


 開幕の一手を飾った氷の弾が煌めく。

 遊びの終わりを告げるお礼の言葉と共に勢いよく放たれたそれが、アオバの身体を穿つことはなかった。


「まったく、あなたは手を抜きすぎなんですよ。ユキの手札を見たいならもっと初めから飛ばすべきだったわね。あと、低温化での精霊術の行使は私の魔力がガリガリ削られるから止めて」


「あはは、ありがとうございます。ユキちゃんすごく強いですね」


「ええ、とても頼りになるわ」


 心美は心を読んで知っていた。

 アオバがユキの実量を図るために後手で動くことを。

 そして勝敗の予想もスカーと同じく、アオバの勝ち目は薄いというもの。

 耐久力や周囲の環境を利用した回復能力が売りとはいえ、こうなるのが分かっていたのだ。


 そして危なくなったら止めに入るというのはもちろんユキやアオバのどちらかが危険になったらという意味もあったが、もう一つ自分のが危なくなったらという意味合いもある。

 アオバが存分に力を行使するということは、心美は彼女の行使する力の源のタンクの役割を果たすことになる。


 だが、本日は既に庭の精霊術ガーデニングで魔力をかなり消費している状態だった。

 これ以上アオバが無理やりユキに抵抗しようとした場合、心美自身の魔力が切れてしまう可能性があったためこのタイミングで止めに入ったのだ。


 一度の転移でアオバの元へ。

 二度目の転移でユキの魔法の射程から外れて、抱いたアオバに周囲の青薔薇から少しずつ生命力を分けてもらい彼女を回復させる。

 アオバも敗れてしまったものの、目的は果たせたからか、心美の腕に包まれて満足そうにしている。


「ユキ、楽しかった? また遊んでもらいなさい」


(うん! 今度はココミも一緒にね!)


「……気が向いたらね。さ、少し冷えたので早く家の中に戻りましょう」


 アオバが手を抜いていたとはいえ、試したいことは試せたのかユキも満足しているようだ。

 ユキが氷属性の魔法を使ったことで少し冷えている。

 心美はユキからの遊びの誘いをはぐらかしながら、温かい家の中に戻るように促すのだった。

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