開眼少女

(えっ、それって……? 二つ同時は無理なんじゃなかったの!?)


「無理でも何でもやらなければいけないならやるしかないんですよ……うっ!? 痛たた……」


 胸元に凛然と煌めく二つの瞳。

 本来複数を同時に開眼させることはないと語った心美だったが、この追い詰められた状況でその不可能を覆した。


 千里眼の視界拡張に加えて、心を読む瞳にてユキとスカーの心を見る。

 心美の処理できる情報量を明らかに超えており、重くのしかかる頭痛と瞳に走る無理やりこじ開けた反動の痛みが心美の顔を苦痛に歪める。


 しかし、いつまでもそう悶えている時間はない。

 こうして硬直している間にも、着々と脅威は迫る。


「はぁ……はぁ……やっと、慣れてきました。あの時より断然きつい、ですが……これでよく!」


 痛みに堪えること数秒。

 心美の身に降り掛かる反動は、ニアに心を読む瞳を使用した時より酷く、大きく肩で息をしながら落ち着かせる。


「ユキ、スカー。大丈夫だから私の事は心配しないで。私の事を思うなら余計な事を考えずに、できるだけ心を落ち着かせて。その方が私の負担が減るわ」


 今の心美には心が見える。

 ユキやスカーが心美を心配して思えば思うほど、心美が拾う情報は多くなる。


 故に、余計な心配は要らないと告げる。

 その心は素直に嬉しいが、今は拾うべきものではない。


「ユキ、私の頭に乗って。私の目になって頂戴」


(ん、分かった)


「スカーはそのまま影から辺りを隈無く見てて。あなたの目も借りるけど、見逃してたらあなたの判断で動いて構わないわ」


(……猫使いが荒いよ……)


 心美は襲いかかる茨を背後へ転移することで躱し、そのまま二度、三度短めの転移を連続使用し、動き出す。


「このままでは埒が明かないので目的地へ一撃転移を狙います。それまで耐えるためにあなたたちの力を貸してください」


 千里眼を使用したテレポートも現状はそれほどの距離を稼ぐことができていない。

 視界を動かそうにも回避に使わざるを得なかった以上、より離れた場所を覗くことすらできない。


 だから見ない。

 次の転移先を見た上で転移はせず、通常視界への転移で凌ぐ。


 そのためにユキを頭の上に配置したのだ。


「心を読む力を深く使い、あなたたちの記憶で物事を見る」


 記憶とはどこからが記憶か。

 心美は物事を無意識でありながらも認識した瞬間から記憶されると考えた。


 コップから水が零れた。

 それをユキが目撃した。

 その目撃した瞬間からが心に刻まれた記憶となるならば。

 擬似的な視界の共有でその瞬間を心美も見ることができるのではないかという仮説。


 その仮説は正しかった。

 心美はユキが見ているものを、そのまま自分の視界に反映できていた。


 しかし、ここで一つの疑問が生じる。

 心美が擬似的な視界を獲得する意味。


(私の目を借りるってそういう事なの? それって何か意味あるの?)


「意味ならあります。これなら周囲の情報を得るのに千里眼を使う必要がなくなります。何故なら――私と、ユキと、スカーの瞳があるのですから」


(そっか!)


 今の心美は三人分――正確には一人と二匹だが――合わせて六つの瞳で物事を捉えている。

 全体を俯瞰できる千里眼は違う用途に専念させなければならない。

 だが上を見れば下が疎かになり、前を向けば後ろは意識が甘くなる。

 四方八方から襲いかかる魔の手だが、合計六つの瞳で全方向をカバーできれば対処が遅れることなく転移で回避出来る。


「痛った……まだ見えないんですか……?」


(ココ……血が……)


 転移を繰り返しながら目的のジュエルローズを探すがまだ見つからない。

 二匹分の記憶を見ながら千里眼も行使している心美だが、やはり負担が大きいのか胸元の充血した瞳から血が滴り落ちる。

 心を読む瞳にかけられる負担も単純計算で以前の倍。

 読み取りたいものが真新しいため、記憶を深く掘り起こす必要がないのが唯一の救いだが、それでもダメージは少なくない。


「大丈夫。ちゃんと周りを見て」


 足元周辺をカバーするスカーが滴り落ちる血に反応して心美を心配そうに見上げたが、心美は安心させるように優しく声をかける。

 ダイレクトに伝わる心がとても嬉しいと感じながらも、その視界の位置は嬉しくない。


「見えない……比較的高所から探っているはずなのにまだ見当たらないということはまだ範囲外なの……?」


 ジュエルローズへのダイレクト転移を狙って千里眼を行使するもまだ見えない。

 心美が現在地から大きく動かなければ千里眼の届く範囲は変わらないが、相変わらずちょっとした移動も転移頼みの現状、そう大きく範囲をずらせたりはしない。


 ならば、どうするか。


「分かりました。越えなければいけない限界が一度ならず二度あろうとも……私はそれを乗り越えてみせましょう……!」


 睨みつけるように目は細まり、鋭い眼光が虚空を射貫く。

 実際にはそんな音は鳴っていないのだろうが、ミシミシと軋むような耳障りな音を心美は聞いた。


 心美の千里眼の限界距離。

 もっと先まで見通すために、その壁を押し通ろうとしている音だ。


「もっと……モット、もっとよ!」


 心美はすでに満身創痍だ。

 心を読む瞳と千里眼の同時使用による目へのダメージ。

 怪我の痛み。


 これに加えて千里眼の限界突破。

 それが引き起こす事態を想定できていながら臆することなく瞳を突き動かす。

 心を読む瞳でその痛みは知っている。

 その痛みを重ねて受け止めることになっても、心美は止まらない。


(ココ! もうやめた方がいい!)


 胸元に抱える二つの瞳はもう紅に染まっているばかりか、さらに赤を作り出している。

 足元に広がる赤がスカーの潜る影を覆いつくそうとしている。

 スカーは影から飛び出して、迫る蔓や蔦、軽そうな枝など己で対応できそうな物の影に打撃を与え心美をかばいながら、傷付き続ける彼女に訴える。


 心美は千里眼に集中しすぎて回避行動に移行できていない。

 スクロールを握り締めながらも、転移する気配もない。

 スカーが心美を守っているということはそういうことだ。


(……ココミッ! 太い枝がこっちに来てる! 避けてっ!)


 そしてついにスカーのカバーも追いつかない必殺が心美に届こうとしている。

 その危険に心で叫んで伝えようとするが、虚ろになりつつある瞳で歯を食いしばっている心美に届いていない。


 ――――パリン――――


 小気味よい破壊音が聞こえた。

 その瞬間、心美のすべての瞳に活力が戻る。


「ああ、目が霞んでよく見えない。そのはずなのによく見える……! 不思議な感覚ね。そして……ジュエルローズ――――捉えたわ」


 限界を超えた開眼少女の瞳がようやく目標を捉えた。

 目前に迫る枝、スカーが押し込めなかった蔓や蔦などがスローモーションに見える中、心美はその手に握る巻物に魔力をつぎ込む。


 一度目の通常転移でスカーを拾い上げる。

 心美の背後で太い枝が地面を抉り土煙を上げ、その影響で視界が遮られるが、今の心美は意に介していない。


 何故なら――――もう既に進むべき道がはっきりと見えているから。


 もう一度スクロールに魔力を込めればチェックメイト。


「大分手を焼かされましたが……逃げ切らせてもらいます」


 壁を破った千里眼の瞳が見つめるその先。

 遥か彼方へ姿を消した彼女を追うことができる存在は、もうここにはいなかった。

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