切り札

 テレポートで危機を脱した心美だが、まだ気は抜けない。

 この安全も一時的なもの。

 また未知なる脅威が猛威を振るい事を念頭に置いて片目を閉じる。


「きゅっ!」


「くっ、またですか!?」


 しかし、その瞬間ユキが小さく鳴いて心美の肩を叩いた。

 それは心美がユキに与えた指令。

 何か危険が己に迫ろうとしていたら教えてほしいと頼んでいたこと。


 心美は頭上の枝が動いて、ゆっくりと迫ってくるのを確認した。


「ちっ、スカー!」


「にゃ!?」


 千里眼による次の転移先の選択を邪魔されて、らしくもない舌打ちをしながら叫ぶ。

 咄嗟の命令は短いものだが、その名を呼ばれた黒猫は驚きながらも自分のやるべきことを理解して心美の影から飛び出し、その枝の影に触れる。

 しかし、ぎしぎしと音を立てる枝は完全には動きを止めておらず、せいぜい動きを鈍らせたくらいだ。


「スカー、まさか……? パワーが足りないのね」


「にゃー……」


「離脱するわ! すぐに戻って」


 心美は状況を整理してスカーの力の欠点を理解し、即座に離脱を選択した。

 心を読む瞳を開いていないため心は読めず、鳴き声が聞こえるばかりだが、その反応から推測は間違っていないだろう。

 スカーは影に体当たりをお見舞いして、枝を少しだけ上方に押し返す。

 その間にも周囲はざわざわと葉と葉がこすれるような音や、蔓や根が地面を這うような音を響かせている。


 心美は千里眼で十分な距離を稼ぐことができず、通常視界の転移でその場から掻き消える。

 スカーの縛りが無くなった樹木が背後を空ぶったのを見て、肝を冷やしながら連続の通常転移でその場を離れる。


「ああもう、キリがないわね」


 ペットたちの止まらない鳴き声。

 千里眼を満足に行使する時間すら与えられず、苦し紛れの転移を強いられる。

 もう少し時間があれば。周囲を注意深く確認する余裕があれば。

 そんなたらればを言っても仕方のないことだが、植物の擬態を見破るにはいささか心のゆとりが足りない。


「潜んでいる敵を千里眼で見通す余裕もありませんね。魔力で判別しようにもこの眩しさ……逆に見えなくて困ってしまいます」


 心美達を感知し捕えようとする植物。

 広く浅く、そして速く見ている心美には比較的安全そうな場所を探ることもできない。

 魔力で危険を察知しようにも、ここはあまりにも漂う魔力が多すぎて、光のように見えてしまう性質上見通すこともままならない。


 伸びる枝を避ける。

 絡む蔦を振りほどく。

 盛り上がる根をジャンプで超える。


 悪化する状況を落ち着いて対処しながら、転移を繰り返す。

 ユキやスカーの働きにより多少は消耗を抑えられているが、心美も身体能力は至って普通の人間だ。

 ましてや運動がそれほど得意といったわけでもない女子高生の身体。

 ずっと動き続けられるわけもなく、やがて限界は近づいてくる。


「……あっ、痛っ!」


 集中力が少し散漫になり始めた瞬間。

 千里眼で少しだけ距離を伸ばしてテレポートした心美。

 焦りもあり、よく見えていないかったのが災いしたのだろう。

 転移先のちょうど足元に地面から飛び出した大きな根。

 それを踏んづけて足を捻り、転んでしまった心美は悲痛の声を上げる。


「……ユキ、そこにいて……!」


 転んだ拍子に投げ出されたユキの心配そうな瞳。

 大きな隙を晒してしまった心美の足に蔓が巻き付き、その軽い身体を引きずろうとした。


「そうは……させません……!」


 心美は買い溜めておいたスクロールの中の一つ、風の魔法――――ウインドカッターが内包されたスクロールに手を伸ばした。

 千里眼のうつ伏せに転んでしまったせいで、足元の状況は千里眼頼り。

 強引に身体を捩じり、手を伸ばしてスクロールに魔力を込めると、透明な刃が風切り音と共に射出された。


 その刃は心美の足に絡みついた蔓をすっぱりと切り落とし、その身体を自由にさせる。

 そのまま間髪入れずに転移でユキを腕に抱え、さらに転移で体勢を整えながら着地した。


「っ……! 足がやられた以上、私も覚悟を決めなければいけませんね」


 着地の衝撃で心美は顔を歪めた。

 走力を奪われた今、回避や離脱はテレポート頼みになるが、満足に千里眼を使えない現状ではそれも効果は大きくはない。


「見えないものを見るために……でも、瞳が足りないと言うならば、瞳を増やしてみせましょう。ユキ、スカー! 私の目となって力を貸してください」


 何を意味しているか伝わったかも定かではないオーダー。

 しかし、覚悟を決めた主人の頼みを受け入れない選択はない。

 返事を待たずともその心だけは伝わった。

 何故なら――――心美の胸元に浮く二つの瞳が、両方とも開いていたから。

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