影を縛る猫

 千里眼をより遠くに伸ばしてなるべく距離を稼いで転移を行い、一気に樹海へ入り込んだ心美。

 相変わらず濃い魔力に左目を細めながら辺りを見渡す。


「ひとまず急ぎで連続転移をする必要はなさそうだけど……植物は特殊な感覚器官で獲物を察知するらしいので……油断は禁物です」


 植物系の魔物の特性。

 それは人間や動物などとは違った方法で獲物を感知すること。


 音を消したり、姿を消したりできる隠密系統の魔法のスクロールの購入も一時は考えたが、対象に効果が薄いと知って取りやめた。

 現状今すぐ何かに襲われて転移スクロールの使用を余儀なくされるということはないと判断し、心美は千里眼の視点を動かし次の向かう場所を選び始めた。


「ユキは周囲を警戒。何かあったら鳴くか私の頭か肩を叩いて。スカーは足元から影のをよく見ていて。何かあったら鳴いて教えてください」


「きゅっ!」

「にゃっ!」


「ふふ、お願いしますね」


 心美は念のためユキとスカーに指示を出して、周囲を警戒させる。

 指示を聞いた二人は短く鳴いて、ユキはそのまま、スカーは心美の影に入り頭だけを出し、周りを注意深く見ている。


「もう一度転移します…………行きますよ」


 転移の際にいちいち合図を出すのは二人を置いていかないため。

 基本的に心美と接しているため何事もなければテレポート対象から外れて置いて行かれるということはないが、万が一がある。

 偶然心美と離れている時に転移が行われてしまえば二人は置き去りにされるので、近くにいると分かっていても敢えて転移するというのをアピールしてから行っているのだ。


「さて……次は……?」


「にゃっ! にゃっ!」


 次のテレポート先を見ていると心美の耳に何かが這うような音が入ってきた。

 その違和感を感じると同時にスカーが何かを察知して訴えるように鳴いた。


「何っ!? 蔓……?」


 心美が勢いよく後ろを振り向いて視線を下に落とすと、小さな葉がついた蔓がまるで腕を伸ばしているかのように心美の太もも辺りに巻き付こうとしていた。

 しかし、その蔓の動きは空中で止まっている。


「あなたが止めてくれたのね。ありがとう、スカー」


「にゃにゃっ!」


 蔓は心美に迫ろうとした形のまま動きを止めている。

 まるで何かに押さえつけられているかのように。

 そして、その蔓の下――――わずかに伸びる影に足を置く黒猫が一匹。

 スカーが影を押さえ込んでいたのだ。


 心美はスカーに出会い至って普通に接してきたが、影に干渉できる猫という存在に驚かなかったわけがない。

 だからきちんと調べた。

 スカーがどんな種族の猫で、どんなことができるのかを。


 そして心美が現時点でこの黒猫について分かっていることは二つ。

 一つは影に入り込む力を有していること。

 そして、もう一つは影に触ることができるということ。


 この力の本質は、実体と影が一心同体と捉え、影に干渉することで、間接的に実体にも干渉できることだ。

 風が吹けば葉は揺れる。だが、影が押さえられていれば、葉は微動だにしない。

 上に投げた石は何もしなければ重力で地面に落ち音を鳴らす。しかし、影を縛ればそれは宙で動きを止める。


 その特性を知っていたから心美はスカーが助けてくれたのだとすぐに分かった。

 蔓の影を押さえた姿でスカーは、活躍できてご満悦の表情だ。

 だが、ここは死の樹海。

 一本蔓の動きを止められたくらいで、わざわざ迷い込んできた獲物を諦める訳もなく、第二第三の魔の手が次々と迫ってくる。


「よし、距離は稼げた。スカー! 転移するから戻って!」


「にゃl」


 いくらスカーが影を縛って心美に迫る危険の動きを止められるとはいえ、その小さな身体で数に対応することはできない。

 故に離脱。

 千里眼を動かす速さを上げ、距離を稼ぎテレポートで離脱する。

 心美はスカーに呼びかけ、彼女が自身の影に飛び込んだことを確認すると、握りしめていたスクロールに魔力を込め、その場から姿を消した。

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