死の樹海

「やってきましたね……死の樹海。どうです? あなたたち、怖気づいたりしていませんか?」


(そんなことないよ)


(………………うん、大丈夫)


 予定当日。

 心美達は予定変更することなく、ジュエルローズ採取へと訪れた。


 千里眼を限界まで引き延ばした疑似長距離転移を複数回使用してここまでやってきて、今は死の樹海入り口からほんの少し入ったところだ。

 心美は両肩に陣取る今日の相棒達に最終確認を取る。

 若干一名、怪しげな返答ではあったが、その心の状態からして問題はないと心美は判断した。


「これより先は本当に危険地帯らしいですね。この看板もそうですが……ここから先、魔力が眩しいくらい漂っています」


 目の前の看板はかなり前から立てられているのか年季が入っているようで、この先は危険だから立ち入るなと書かれていた。

 それだけでも危険を察することができるが、心美は魔力を見ることができる自身の左目、碧眼を輝かせてその奥を見通す。

 魔力が光のような形で目視できる今の心美は、その先の眩しさ……つまり濃い魔力の漂う環境からより明確な脅威の存在を強く認識した。


「では最終確認です。ユキはよく分かっていると思いますが、私の瞳は基本的に一つまでしか開きません。今は心を読む瞳を開いているのであなたたちの心を読んで会話ができていますが、テレポートの際は千里眼を開く必要があるのであなたたちの声は私に届かなくなります」


(分かってるよ)


(……まあ、大丈夫なんじゃない?)


「一方通行の指示を送ることがありますがご了承ください。逆に私に何か急ぎで伝えたいことがあれば大きめの声で鳴いてください。瞳を切り替える余裕があるかどうか分かりませんが、善処はします」


 ユキはこれまでの経験で分かっているかもしれないが、スカーは心美との付き合いはそれほど長いとは言えない。

 事前の説明があったとはいえ、再確認があって困るということはないだろう。

 特に、不測の事態に陥った際に、彼女達が心美に何かを伝えているつもりでも、心美が心を読む瞳を開いていなければ、どれだけ強く思おうとその心は決して伝わらない。


 心美は現時点では可能なコミュニケーションもやがて通用しなくなることを謝罪して、次の動向を思案する。


「まずここから千里眼を広げて限界ギリギリまで見てから転移することになると思いますが、それ以降がどうなるかは正直見当がついていません」


 テレポートで死の樹海へ足を踏み入れる。

 まさか歩きで行くわけにもいかないのでそれは決定事項だ。


 しかし、心美の想定する最悪はテレポートを満足使用できない状況に陥った場合だ。

 心美が使用している転移スクロールはあくまでもに転移するものだ。


 通常視界だけでなく、千里眼の視界先に転移できるとはいえ過信してはいけない。

 その理由はテレポートの連続使用には厳密には少し異なるがクールタイムが必要になるからだ。


 心美のテレポートは基本的に千里眼の見えているところに転移する。

 そのため一度転移したら千里眼を飛ばしていた場所に自分が現れるのだが、即時に次の転移を発動させなければいけない場合は話が変わってくる。


 それは次の転移先への視界移動が十分ではないからだ。

 心美の飛ばす視界は速さもある程度までなら操れるが、あまりにも速くしすぎると、心美自身がその視界の移り変わりに耐え切れず、不調をきたしてしまう。


 安全な視界の確保ができなければ転移距離も短くなっていくだろうし、どこに転移するかの判断も迅速に下さなければならない。


 だからこそ心美は千里眼の制御に全神経を注がなければならない。

 心を読む瞳を開くことができるか分からないというのもそのためだ。


「ユキ、スカー、千里眼を使うので心を読めなくなります。転移の際は私から離れないようにしてくださいね」


 そう言って心美は胸元に用意した二つの瞳の内、もう一つを開いて心を読む瞳を閉じる。

 千里眼で様子を窺いながら、転移先を慎重に決める。


「行きます」


 合図を一つ。

 取り出したスクロールを片手に、魔力を込め転移を発動させる。

 こうして心美達の姿は、死の樹海の中へと静かに消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る