心侵す眼差し

「私はニア。ここでメイドとして働いております。お召し物が汚れているとのことで、代えの物をお持ちしました。お好きなものにお着替えください」


「ありがとうございます。すでに私の事はご存じかもしれませんが一応。私は心美です。よろしくお願いします」


「ふふ、ココミ様ですね。こちらこそよろしくお願いしますね」


 ニアと名乗るメイドは心美の軽い自己紹介ににこりと微笑むと、運んできていた服を取り出して並べた。

 それは心美が今着ている制服や普段から着ていたような私服などではなく、ルチカが着ていたような高級感あふれる物ばかり。

 その中から好きなものを選んでいいとのことだったが、それほどおしゃれに興味もなくおしゃれのセンスも高くないと自負している心美はすぐには決めかねてしまう。


「困りましたね。私としては着られれば何でもいいのですが……」


「それならばこちらはいかがでしょうか? ココミ様なら派手な色合いのものも似合うと思いますが、落ち着いた色のドレスもきっとお似合いでしょう」


「ド、ドレスですか。そういうのは初めてなのですが、私に着こなせるでしょうか?」


「ええ、私が保証します」


 ニアが手に取って勧めてきたのは黒を基調としてところどころに紫があしらわれているドレス。

 非常に大人っぽい印象のドレスを目の前に、着こなせるか心配だった心美だが、ニアが太鼓判を押してくれたためそれを着用することに決める。

 そして慣れないながらもニアの助言を受けて着替えた心美は、部屋に置いてあった姿見に映る自分の姿を見て、満足そうに頷いた。


「これが私ですか。何だか別人みたいでムズムズしますが……悪くない気分です」


「とても似合っておりますよ」


 森で川を見たときに顔の確認はできていたが、こうして改めて全身を見ることができてしみじみと思う。

 面影は残っているが変わってしまった髪と瞳の色。それに加えてこれまで着たことのない大人びたドレス。


 そんな自分が別人に見えてしまうのも無理はない。

 しかし、ニアが言ったようにとてもよく似合っている。

 第三者としての立場からではなく、心美自身がそう思っている。


「それでは御当主様の元へ案内させていただきます。そちらの狐さんも連れてきていいとのことですが、どうなさいますか?」


「そうですか。ではお言葉に甘えて……ユキ、おいで」


 着替えの際に床に下ろしていたユキだったが、心美の呼びかけに待ってましたと言わんばかりにジャンプする。

 着替えたばかりのドレスと乱すことなく綺麗に心美の肩に座るユキを、ニアは少しばかり驚きを含んだ目で見ていた。


 ♡


 ニアの案内を受けて長い廊下を歩く。

 そこに会話はなく、コツコツと床を叩く音だけが響いていた。


 そんな静寂を破ったのはニア。

 突然立ち止まり、心美とユキを交互に見ると口を開いた。


「随分懐いているのですね」


「ええ、ユキはいい子ですよ」


「まるで心が通じているかのようでした」


 おいでという呼びかけを理解しているかのような動き。

 実際にユキは心美の言葉を理解していて、心美もまたユキの心を理解する力があるため成り立つ信頼関係。

 元より人の言葉を理解するだけの知能があるユキだったが、一方通行な意思疎通ではここまで懐くこともなかっただろう。


「ココミ様は動物と獣人の違いって何だと思いますか?」


「……人型を取れるか、でしょうか?」

 ニアの問いに心美は少し考えて答えた。

 獣人という存在を知ったばかりの心美には答えにくい質問。

 この世界における動物や獣人というものに関する知識が圧倒的に不足しているため、心美はニアの求めている回答はできないだろうと思っていた。

「そうですね。獣人は純粋な人とは少し容姿が違うだけ。こうして会話もできる。それなのに……」


(どうして分かり合えないのでしょうね)


 心美は隣を歩くニアの悲しげな表情が気がかりになり、うっすらと瞳を開いた。

 流れ込んでくる嘆きの声に、心美は反射的に瞳を閉じた。


(獣人というものを知らない私が踏み込んでいいものではなさそうね)


 一瞬ではあるがニアの心を侵して理解してしまった感情。

 それだけで過去に何か大きな出来事があったことを察するには十分だった。

 しかし、これ以上は踏み込まない。否、踏み込めない。


「すみません、突然こんなことを聞かれても困ってしまいますよね。言葉の発することのできない動物とも心を通わせるココミ様が羨ましかったのかもしれません。どうか忘れてください」


「いえ……」

 ニアは訳ありな顔で笑うと、少し歩くペースを速めた。

 目的の場所に到着するまで、再度会話が振られることはなく、二人分の足音だけが響いていた。

 

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