迷子の女の子
「やっとここまできましたね。長かった……ような気もしますが、そうでもないかもしれませんね」
(いやいや、長かったよ。こんなに移動したの初めてだよー)
心美がこの森の中に訳も分からぬまま放り込まれて三日目の昼過ぎ。
森の出口もすぐそこという所までたどり着いており、千里眼を飛ばせば最寄りの町の様子も少しばかり見られるようになっていた。
「そういえば町の方では……何と言いますか戦うための格好をしている人たちが多く見られましたね。そういった人たちはこの森にもよく来るのですか?」
(うーん、あんまりないんじゃないかな? この森は基本的には平和だし、希少なモンスターもいないから稼ぎにならない……って誰かが言ってるのを聞いたことがあるよ)
「そうですか。なら私は幸運……なのでしょうね」
気付いたら見知らぬ地にいた。それだけでも大いなるトラブルなのに、そこが危険極まりない場所だと思うと気が気でない。
文字通りの意味で命を懸けたサバイバル生活が始まっていたかもしれないと思うと、この森で目を覚ましたことは心美にとって幸運だったのかもしれない。
「あまり多くは観測できませんでしたが、時々見かける動物たちも自由気ままに暮らしていたようなので、ここは安息の地なのかもしれませんね」
(退屈な時もあるけどねー)
「争いがないのはいいことですよ」
ゲームの中でしか見たことがないようなモンスターが突如目のまえに現れたらどうなっていただろうか。
特別な力で難なく倒すことができるのか。
否、そんなことできるはずもない。
「私が持つのはこの謎の瞳。どう考えても戦闘には向いていない。そもそもそういった思考とは無縁だったはずなのに……。画面の向こうのキャラを操作するのとは訳が違うのよ」
(なんか言った?)
「いいえ、何でもないわ」
特別な力から己に宿る瞳を連想した心美だったが、直接的な戦闘能力はない。
そもそも己の戦闘力などという思考をしている時点で、ゲームのコントローラーを握っている訳ではないのだと改めて実感させられて、愚痴を漏らすように小さく呟いた。
「刺激はほどほどでいいのよ。あなたもそう思う……? 何か聞こえたわね。何か言ったかしら?」
(私は何も言ってないよ)
しかし、心美には聞こえた。
初めて額の瞳を開眼して、ユキの心の声を認識できた時のようなか細い声が。
「近くに何かいるのかしら? ごめんなさい、少し閉じるわね」
心美は雪の返事を待たず、心を読む瞳を閉じ、千里眼を開く。
聞こえた声の出処は恐らく近い。
遠くに飛ばしすぎないようにゆっくりと視界を進めていくと、小柄な少女が木の陰でうずくまるようにしていた。
「子供がいるわ。どうやら泣いているようね」
(子供が? 迷子になっちゃったのかな?)
「うっかり入ってしまったのかもしれないわね。幸いにも出口は遠くないし、拾っていきましょうか」
(ココミ、優しいね)
心美はユキから伝わってくる感情にくすぐったくなり、照れくさくなって目と瞳を逸らした。
どんな理由があるかは分からないが、困っているなら見て見ぬふりはできない。
誰彼構わず手を差し伸べる訳ではないかが、小さな子供が泣いているとあれば見過ごせない。
♡
「どうしたの? あなたは何で泣いてるのかしら?」
心美は普段の固い話し方を崩して、笑顔で覗き込むように話しかけた
泣いている子供は心美たちの接近には気付いておらず、声をかけられて初めて顔を上げた。
「…………だれ?」
「私は心美。こっちの白い狐はユキよ」
「わぁ、かわいい」
少女は涙をとめ、ユキに手を伸ばした。
恐る恐るモフモフの身体を撫で、気持ちよさそうに顔を綻ばせている。
「どう? 少しは落ち着いた?」
こくりと頷いた少女に心美が再びどうしたのか問うとゆっくりと話し始めた。
「きれいな蝶々を追いかけたら知らないところにいたの」
「そう、やっぱり迷子だったのね」
心美は話を聞きながらこっそりと額の瞳で少女の心の中を読み始めた。
たどたどしく話してくれている内容が光景で見える。
(なるほど。これはこの子の記憶でしょうか。 蝶を追いかけてここまでやってきた彼女の記憶。とはいえこの子は無我夢中だったのかあまり覚えていないみたい。それでも……脳はすべてを覚えているようね)
心美は前髪に隠した瞳を閉じるともう一度少女に笑いかけた。
「大丈夫よ。私と一緒に行きましょう。すぐに帰れるわ」
元よりそのつもりだった。
方向さえ間違わなければすぐに抜けられる森の浅い位置にいた彼女は恐らく同じところをぐるぐると回っていたのだろう。
変わらない景色に不安になって、うろつくのを止めてうずくまっていたのは幸運だった。
「そういえばまだ名前を聞いていなかったわね。あなたの名前はなんて言うの?」
「ルチカ!」
「じゃあルチカちゃん、行きましょうか」
ルチカと名乗った少女は、心美の差し出した手を小さな手で握った。
心美は肩にユキを乗せて、ルチカの歩幅に合わせるようにゆっくりと歩き出した。
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