討伐依頼

「そういえばこちら側に来るのは初めてですね」


(お家のある森と反対側だもんね)


「今回は依頼のためにこちらへ来ていますが、こうして良い日差しの下をまったり歩くのも気持ちのいいものです」


(へー、意外ー。ココミのことだから早く終わらせて帰りましょう、とか言って千里眼でさっと見つけて転移で移動するものかと思ってたよ)


「別にそれでも構いませんよ。あなたなら今日の依頼にもそれほどてこずらないでしょうし、早く帰ろうと思えば早められるわよ」


 心美は初の討伐依頼を受け、冒険者ギルドを出発した。

 そのため、魔物がそれほどいない自宅のある森とは反対側へと進んでいる。


 陽気な日差しに気持ちよくなりながら、何気ない会話に花を咲かせていく心美達。

 確かにユキの言う通り省ける工程は多くあるかもしれないが、あえてのんびり楽しむのも悪くない。

 そう考える心美はそのセリフとは裏腹に、急ぐ気などこれっぽっちのないのだ。


(今日倒さなきゃいけない魔物って何だっけ?)


「ホーンラビット。その名の通り角の生えたウサギさんね。といっても角はそんなに強いものじゃないし、私が受けられる依頼に設定されるくらいには強くないみたい」


(それなら見つけやすそうだね)


「ええ、でもそれほど強くないとは言え、あなたも初陣なので油断せずにいきましょう」


(はーい。あ、あれとかそうじゃないかな?)


 心美は本日の獲物についてその特徴などを説明する。

 ホーンラビットという名の通り、角の生えたウサギ。

 しかし、その角は見掛け倒しなのか、それほど危険はないとの情報を得ている心美は、昨日の今日で初の実戦に移すことになるユキに気を引き締めるように声をかける。


 油断禁物。そんなことは分かっているユキは緩く返事をする。

 そしてその分かりやすい特徴を持つ討伐対象を発見したのか、ユキは心美の腕からするりと抜けて肩によじ登る。


「そうね。あれがホーンラビットよ。さ、好きにやりなさい」


(じゃ、もうちょっと近づいてもらっていい?)


「ええ、分かったわ」


 心美はユキの告げるもうちょっとの距離を心を読むことで正確に理解しその分だけホーンラビットに接近する。

 それにより射程距離に入った。

 前足を掲げたユキから、覚えたての魔法が炸裂する。


(アイスバレット!)


 前足に魔力が収束して、氷の礫が作成される。

 それが勢いよく射出され、隙だらけのホーンラビットを穿つ。


 ズガガガッと抉るような音。

 不意打ちを受け倒れ伏すホーンラビットだが、まだ完全には倒しきれていないのか逃げようともがいている。


「まだ息があるわよ」


(じゃあもう一発。アイスバレット!)


 再度氷が射出され、心美は今度こそ対象の沈黙を確認した。


「さすがね。でもまさか、氷属性に手を出しているとは思わなかったわ」


(色々試してみたけど水とか氷とかが一番しっくりきたんだよね。逆に火は全然ダメだったよ)


「そうなのね。じゃあそれがあなたの得意な魔法属性ということかしらね?」


(そうかも。でもまだまだだからもっと磨かないと……!)


 倒したホーンラビットに向かって歩きながら心美は無事に討伐を成功させたユキを褒める。

 心が読めるためなんの魔法を使うかは分かっていた。

 それでも氷属性の魔法を予想以上の練度で使用できていたことには意外性を感じていた。


 そのことを告げるとユキは水属性や氷属性が自分にあっていたのかもしれないと言う。

 魔法にはいくつかの属性があって、使用者によって得意不得意も分かれる。


 しかし、その得意と思われる属性の魔法の出来もユキは納得がいっていないのか少しばかり口を尖らせている。


「えっと、ホーンラビットを倒したという証明をしなければいけないんでしたね。これは角が証明になるのですが……あった。綺麗に折れてますね」


(そうなんだ。でも角だけで分かるものなの? 似たようなのがいっぱいありそうだけど……)


「ギルドには素材を鑑定できる人が最低一人はいるみたいですよ。じゃないと素材の買取とかも正確には行えないようです」


(へー、そうなんだ)


「あなたも頑張れば使えるかもしれませんよ?」


(んー、私はそういうのはいいや。面倒そうだしココミに任せるよ)


 心美はユキの魔法の衝撃でぽっきり根元から折れてしまっている角を回収して、ボロボロになったホーンラビットの遺体をどうしようかと考えていた。

 一応角さえあれば討伐の証明にはなるが、ウサギの肉は食べられるし売れる。

 稼ぎの足しや食料の足しになるなら持ち帰りたい、でもこのまま持ち帰るのはいかがなものか、などと葛藤を繰り返していると、心美の足元の影が揺らめく。


「あら、スカー? どうしたの?」


(それ……持って帰るの?)


「ええ、せっかくだし持って帰りたいわよね」


(じゃあ、私が持ってあげる。影収納)


 スカーがそう呟くとホーンラビットがスカーの伸ばす影にずぶずぶと沈んでいく。

 影収納。その名の通り影にものを収納する、影を操る彼女に許された技だ。


「驚いたわ。そんなこともできたのね。どうしてもっと早く教えてくれないの?」


(ん、聞かれなかったから……? じゃ、あとで食べさせてね)


 そう言い残して影に戻っていくスカー。

 結局のところ、彼女もこのウサギの肉を食べたいという理由で動いたのだろう。


「ユキ、どうする? この辺りにはまだまだホーンラビットはいそうだけど……魔法の練習がてらもうちょっと狩っていく?」


(うん! 試してみたいことが色々あるんだ!)


「そう、じゃあもっと暴れてきなさい。あ、それと次からは損傷は抑えめでできるかしら?」


(うーん? 分からないけど頑張ってみるよ!)


 こうしてスカーの力を借りてホーンラビットを持ち帰ることができるのなら、なるべく綺麗な状態で持ち帰って高く売りさばけるようにしたい。

 先程はアイスバレットで穿ってしまったことでかなりボロボロになってしまったが、可能なら損傷は押さえたいのだ。


 ユキは善処する旨を告げたが、その心はもっといろいろ試してみたいと魔法のことで埋め尽くされていた。

 これではホーンラビットの状態にはあまり期待はできなさそうだと苦笑いを浮かべながら、楽しそうにかけるユキの姿を眺める心美だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る