褒めても何も出ない?
心美が転移魔法テレポートを、ユキが水属性魔法ウォーターを習得した翌日。
新しい技能を習得したら、それを試してみたいのが人の性。
心美は紙の巻物に頼ることなく転移できることに喜びを押さえながら、ギルド近くまで転移を繰り返した。
そして、その心美の肩にはユキが乗っている。
(ココミ、今日は私を連れてどこに行くの?)
「あなたも魔法を覚えたのならもっと制限なく使ってみたいでしょう? あなたがあの後も私に隠れて練習をして、家の中だから全力を出せないことをもどかしく思ってたのは知ってるのよ」
心美はユキもギルドに連れていき、一緒に依頼を受ける予定だ。
普段なら避けるような戦闘が発生する討伐依頼も、ユキが対処できそうな依頼なら受けてみてもいいかもしれないと判断してのことだ。
(えっ! それは嬉しいけど……大丈夫かな? 私にできるかな?)
「大丈夫よ。私の冒険者ランクで受ける依頼だからそんなに危険な依頼は受けられないわ。それに……危なくなっても私がいればすぐに逃げられるでしょう? だから一緒に頑張りましょう」
(うん、頑張る!)
意気込みは十分。
心美の優しい言葉と、回避や逃走における能力への信頼で不安はなくなった。
ユキは思う存分魔法を使えることを楽しみに心を躍らせていた。
♡
「こんにちは、ヴィオラさん」
「やほー、ココミちゃん~。いつも私のところに並んでくれるけど、おねーさんのこと、好きになっちゃったのカナ~?」
「……寝言は寝てから、とも思いましたが、あながち違うとも言い切れないかもしれませんね。冒険者としての立場から見れば、ヴィオラさんはとても頼りになります」
困ってるときに声をかけてくれたのも彼女。
何かと心美を気にかけ、力になってくれたのも彼女。
心美も無意識ながらに彼女を頼りにしていて、彼女の姿がカウンターの向こうに見えたら必ずと言っていいほどヴィオラの元へ足を運んでいた。
短い付き合いながらもそれほど信頼を寄せているのだろう。
「褒めてもジュースしか出ないよ~」
「あ、ジュースは出るんですね。これ今日受けようと思う依頼です」
「はいはーい。およ? ココミちゃんが討伐依頼を手に取るなんて珍しいね~。明日は雨か槍が降るのかな?」
「自覚はありますがそこまで言わなくてもいいじゃないですか」
「あはは、ごめんてー。でもあんなに避けてたのにこの心変わりの理由は何なのかな~? ココミちゃんが強くなった……って感じはしないから、その白い塊がもしかして~?」
「そんなにはっきりと言われると傷付きますが、実際その通りなので何も言えません。ですが分かるものなんですか?」
ヴィオラが冗談の引き合いに出すほど、これまで心美は頑なに討伐依頼は受けてこなかった。
薬草採取や物の配達。
心美の力を使えばいともたやすく達成できる依頼ばかり。
だが、今日は違う。
戦えるかもしれない存在が傍にいる。
しかし、ヴィオラは心美が何か成長を遂げて戦えるようになった可能性など見向きもせず、その方に佇む白の塊に目を向けた。
己が戦力外なのは百も承知だが、こうも初見で見抜かれたことに心美は驚きを隠せないでいた。
「いるんだよね。テイマーっていう動物に戦わせる冒険者も」
「テイマー……テイムですか」
「そー。たとえばあそこにいる男の人なんかもそーだね」
カウンターから身を乗り出してヴィオラが指さす先には、足元に犬のような動物を待機させている男の冒険者がいた。
「動物ってかわいくても侮れないからね~。ま、人も見かけによらないけど、ココミちゃんは、ね~?」
「分かってますよ」
「ごめんって。じゃ、初の討伐依頼頑張ってね」
「はい。行ってきます」
意地悪なことを言うヴィオラに少しむくれてみる心美だったが、実はそんなに気にしていない。
軽く謝りながらいつものように手を振り送り出すヴィオラに、心美も手を振り返してギルドを出る。
褒められたからか、謝罪か、それとも餞別か。その手にはしっかりとジュースが握られていたのだった。
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