買取ボーナス
まだ高かった日も傾いて、うっすらと紅が差し始める夕暮れ。
まるで時間忘れて遊び続ける子供のように。いや、きっと彼女は魔法で遊んでいたに違いない。
楽しそうに、時には考えながら試行錯誤を繰り返して遊ぶユキを心美もまた微笑ましく眺めていたが、日も暮れ始めたということで遊びの時間は終わりだ。
(あー、たのしかったー! いっぱい遊べて満足ー!)
(ん、私も肉がいっぱい手に入って満足。ところでココ? このウサギはどうするの?)
「そうですね。ギルドにお願いすれば解体と買取もしてもらえて、売る部分は選べるので、食べられるお肉の部分はもらって、毛皮などの素材は売ってしまおうかと思っています」
(そう、ならいい。全部まるごと売るつもりならこれを影から出さないつもりだったよ)
「それは……困ってしまうところでしたね」
ユキは満足げに心美の頭の上を占拠している。
その反対、足元から顔を覗かせるスカーは、どうやら影にわんさか詰め込んだウサギの取り扱いが気になるようだ。
心美はホーンラビットをギルドの買取に出すと告げる。
冒険者はギルドにて魔物の解体や素材の買取などのサービスも受けることができる。
今までは討伐依頼とは無縁だったこともあり、利用する必要のなかったものだか、使えるサービスならば利用しない手はない。
しかし、現時点でウサギをどうこうできるのは影にしまい込んだスカーのみ。
彼女の気に入らない返答が心美の口から飛び出していた場合、そのウサギは少なくとも買取に出されることはなかっただろう。
食い意地を張ったスカーに顔を引きつらせて、心美はギルドへ依頼達成を報告しに向かった。
♡
「おお~、いっぱい狩ってきたんだね~。ホーンラビットの討伐にしては帰りが遅いから心配してたけど、これだけいっぱいなら当然ですな~」
「ご心配おかけしました。ちょっとはしゃぎすぎましたね」
「できることが増えていくと楽しいけど、退却のタイミングの見極めはしっかりするんだよ~。まだ行ける、まだやれるって思った時は特にねー」
ヴィオラのアドバイスはビギナー冒険者によくある事例に起因する。
熟練の冒険者は自分の状態をしっかり把握できているため、そのようなことに陥るミスはそうそうないが、不慣れな冒険者だと本来なら避けられるトラブルを引き起こす可能性がある。
それが彼女が例に出したように、活動を継続できると思った時。
もうへとへとで疲れ切っているけど、気分の高揚でそれに気付けず戦闘を続行。
突然糸が切れたように動きが鈍くなり、本来負けるはずのない相手にも手痛くやられるといったケース。
これは体力を魔力に置き換えても同じことが言える。
まだ行ける、まだやれる。
そう思った時には本当にそうなのか今一度じっくり鑑みる必要があるという、これまで多くの冒険者を相手にしてきたギルド受付嬢からのありがたい助言だ。
「……ありがとうございます。気を付けます」
実際には戦闘を行っていたのは心美ではないため、余計に気を付けなければいけなかった。
ユキが奔走して魔法を試している間、基本心美はそれを眺めていただけだ。
己の状態ではなく、他者の状態。
そこに気を配れていなかったのは事実。
彼女なら大丈夫という信頼もあってのことなのだろうが、ユキの体力や魔力の勘定ができていなかったのは己の失態として心に刻まなければいけない。
「とりあえず討伐証明の角は出してもらったから報酬は出るけど、本体を持ってきてるなら買取もするよ~?」
「あ、では解体と買取をお願いできますか?」
「お、お肉持って帰る感じかな?」
「よくお分かりで」
「わざわざ解体を頼むってことは何か欲しいんだもんね。ホーンラビットのバラした時価値がありそうなところといえばやっぱりお肉だよね~」
毛皮などもなにか装備を作ろうとしている時ならば必要になるかもしれないが、現状そのような考えのない心美は要らないものだ。
スカーのご乱心を防ぐために最低限お肉さえ手に入れば、あとの素材の取り扱いはギルドに一任してしまって構わない。
「じゃあ解体してくれる人呼んでくるからあっちの部屋で解体したいものを出しておいてもらえる~? あ、あと依頼達成の報酬は素材の買取と合わせて渡すのでいいよね?」
「分かりました。報酬の方もそちらで問題ありません」
「ほいほーい。じゃあよろしくね~」
心美はヴィオラの指示通りギルドに併設された解体室に向かい、人目がないことを確認してスカーにホーンラビットを吐き出させた。
少しすると解体道具を持った男性がやってきて慣れた手つきで捌いていった。
「じゃあこれ、報酬と買取を合わせてあるからね~」
「ありがとうございます」
「いえいえ~。んじゃ、またね~」
心美は要望通りホーンラビットの肉を手に入れ、ヴィオラからは依頼の報酬と買取を合わせた金額が入った麻袋を受け取った。
討伐依頼はやはりガラではないが、こうしてボーナスのようなものが発生するのならたまには悪くないと思う心美だった。
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