ドロップ率

 心美はジュエルローズ採取の同行者にユキとスカーを指名した。

 ユキは短いながらもこれまで共にした相棒。心から信頼している。

 スカーはつい先日仲間になったばかりだが、その秘められているポテンシャルを頼りにするかもしれない。


 危険であることは百も承知。

 だから二人がどうしても嫌というなら無理やり連れていくということはしなかったのだが、何とか同行を取り付けることができた。

 それからは数日を使って旅の準備を進めた。


 これまでに三つの材料の発見、領内における怪しい動きの報告などに対する報酬でもらったお金を使って、自分用の鞄や転移スクロールなどの消耗品、ちょっとした保存食などを買い揃え備えていた。

 今回は比較的近場の森へ移動するのではなく、大幅に遠出することになる。


 最大限瞳の力も利用して転移距離は稼ぐ腹積もりではあるが、何回テレポートを使用するか分からない以上、かなり多めに用意しなければいけない。


「本当は自分で魔法を発動できたらいいのですが……こればっかりは一朝一夕でどうにかなるものじゃありません。もし誰もが簡単に魔法を使えるならこんなもの、あるはずがありませんから」


 キリエに紹介されたスクロール店で転移スクロールをこれでもかというほど買い込んでその日の買い物を終了させた心美は、レヴィン家の自室に戻り荷物の整理をしながら呟いた。

 誰もが人から聞いたり本を読んだりしたくらいで魔法を覚えられるなら、魔法スクロールなんてインスタントマジックアイテムは作られていない。


 スクロールのお世話になる心美だが、いつかは己の力で魔法を発動させたいと思っている。

 何事にも練習が必要だが、今から覚えようとしてどれくらい時間を要するか不明な以上、その願いは必然的に後回しにされる。


 目先の目的を終わらせたらゆっくり修練に励もう、そう誓いを立て荷造りを終える。


「あなたたちはしっかり休めましたか? 万全な状態でないなら日程を延期しますので遠慮なく言ってくださいね」


 あなたたち、というのは心美の二匹のペット。

 椅子の上で丸くなっているユキと、足元の影に入っているスカーに問いかける。


(元気いっぱいだよ!)


(……悪くないかも)


「そうですか、それは安心ですね。念のため明日も聞きますので、ちゃんと教えてくださいね」


 心美の問いかけにユキは椅子の上で体勢を変えながら、スカーは影から少しだけ顔を出しながら答えた。

 それを聞いた心美は安堵するが、まだ油断はできない。

 気分や体調は常に一定ではなく、今日が良くても明日には崩れているかもしれない。

 心美は二人に隠し事はないと信じているし、その気になれば隠し事などできやしないと己の力を自負している。


「私も存外気が短いわね。でも……大丈夫」


 心美は言い聞かせるように呟いた。

 ジュエルローズ採取という、これまでにない難関に明日ぶつかることになる。


(レアドロップを待てないから高難易度確定ドロップに挑戦する。ゲームじゃないから無理はしない方がいい……でも、やっぱり悠長するのは性に合わないから、これでいいのよ)


 心美はもしこれがゲームの世界だったならばと考える。

 ジュエルローズはレア度の高いアイテム。

 ショップには売っていないから自分で取りに行く必要がある。


 ドロップ率を考慮しないならば、心美が転生を果たした森やその他の採取実績のある場所でちまちまレアドロップを狙っていればよかったのだろう。

 だが、それでは時間がかかりすぎる、かもしれない。


 一方で、心美が明日向かおうとしているジュエルローズが咲き誇る場所――――その危険な地故に死の樹海とも呼ばれる――――ではその場所自体の攻略難易度は遥かに高いが、攻略した暁にはジュエルローズが確定に入手できる。

 言わばシンボルアイテムのような存在だ。


 どっちを選ぶかは心美次第だった。

 そして心美は多少のリスクに目を瞑ってでも、確実に迅速に入手できる方を選び取った。


 道具も揃えて準備万端。

 パーティ情報に仲間もちゃんと編成した。

 調子もしっかり調整できている。


「二人とも、明日はよろしくお願いしますね」


(うん!)


(……がんばろー)


 緊張なんてしていない二人の心に、心美は助けられたような気がした。

 イベント目前、あとは挑むだけ。

 心美も少しだけ気を緩めて、だが適度な緊張感は保ちながら、しっかり英気を養うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る