噂通り

「では、単刀直入に言います。フロストドラゴンの牙と鱗の入手に力を貸してもらえませんか?」


「フロストドラゴンの牙と鱗……」


 ユミエラは心に秘めていた願い事を口にした。

 それはある種の依頼のようなもので、冒険者活動を勤しんでいる心美にとっても馴染みのあるものだった。


 だが、それはその願いが一般的なものならばの話だ。


 心を読む瞳は捉えていた。

 既に前もって知っていた。

 それでもごくりと唾を飲み込んでしまうほどの相談内容。


 心美は顔色一つ変えずに思案する。

 実際にはまだ見たことのない種族。

 知識では知っていても、それは彼女の中ではまだおとぎ話の中でしか存在しない生物。


「ドラゴン……ドラゴンですか……」


 まだ心の中を覗いて、ざっくりとした願いの形を把握しただけ。

 だが、その単語一つで心美が眉を細めるのに至らせるには十分だった。


「……やっぱり難しいでしょうか……? そうですよね、こんな危険な内容のお願い、そうホイホイ受けてくれるわけないですよね……」


「そうは言ってません」


 心美の反応を芳しくないとみてユミエラは顔を落とすが、心美は願いを聞かないとは一言も言っていない。

 しかし、これほどの内容の願いをどうして心美に持ち込んだのか。

 本当かどうかも定かではない噂を頼りに、見ず知らずの心美を探したユミエラ。


 彼女を突き動かした理由が気にならないといえば嘘になるだろう。

 だが、無理に詮索するつもりもなければ、勝手に読み取ろうとも思わない。


 そして、少し離れたところから聞こえる心の声に、心美は遠い目をしながらため息をついた。


(受ける? 受けるよね? 受けて受けて!)


「はあ……いいですよ。やります」


「いいんですか!?」


「達成の保証はできませんが……やるだけやってみますよ」


 まだ手元に大した情報もない状態で、聞くからに危険な香りがするお願い事。

 それを引き受けるのはリスクがあると言うのが心美の正直な感想だ。


 しかし、白い毛玉からの猛プッシュ。

 これを断ってしまうと後がうるさくなるのが容易に想像できた心美は二つを天秤にかけて、ユミエラの頼みを引き受けることを選択した。


「ありがとうございます! それで……あのー、報酬の方なのですが……」


 ユミエラはぱあっと顔を輝かせて嬉しそうな表情を浮かべるが、すぐさま浮かない顔で歯切れが悪くなる。

 願いを聞くだけならばタダでも構わないが、その先はそうはいかない。

 報酬というものが発生するのは当然の事だろう。


 ユミエラの様子から察した心美は何かを言おうとしているのを遮って告げる。


「報酬の話は私がそれを持ち帰ることができてからにしましょう。もちろん失敗する可能性だってあります。なので一旦置いておきましょう」


「は、はい……。すみません」


「いいですよ。私はこれからそのフロストドラゴンとやらの情報を集めたいので出かけますが、もしよかったら町まで送っていきますよ?」


「送ってって……そこまでお世話になってしまっていいのでしょうか?」


「ああ、なるほど。すぐ終わるので大丈夫ですよ」


 ユミエラは心美の申し出に申し訳なさそうな顔をする。

 彼女の脳裏をよぎったのは。森の奥にある心美の家に辿り着くまでにかかった時間。

 送ってもらうということはまた行きにかけた時間と同じだけ歩かなければならない。

 帰路を想像して、それに心美を付き合わせるのは申し訳ないと思っているが、彼女の思っているようにはならない。


 心美はユミエラがあれこれ悩んでいるうちに外出の準備を終え、肩に白い毛玉を携えた状態で彼女に告げた。


「私がいいと言うまでは目を瞑っておいてくださいね」


「は、はい」


「では、行きましょう」


 そう言って心美はユミエラの手を取り、テレポートを使用した。

 それを何度か繰り返して、町へ至った心美は目を閉じたままのユミエラに声をかける。


「ここまででいいですね。今後私に何か用事がある場合は冒険者ギルドに伝言や手紙を残してください。わざわざ家まで来てもらうのは酷なので……ね」


「分かりました。あの……もう目を開いてもいいですか?」


「はい、いいですよ。それでは、また会いましょう」


「はい、また……って、いない。それにもう帰ってきてる。やっぱり噂は本当だったんだ……!」


 ユミエラが目を開けたとき、もうそこに心美の姿はなかった。

 そして広がる見覚えのある光景に驚きながらも、神出鬼没な少女の姿に噂を重ねて、一人で納得するのだった。

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