願い事

「すみませんね。お客さんが来ることは想定していないので大したおもてなしはできませんが……とりあえずお茶でもどうぞ」


「ああ、すみません……頂きます」


 来客の想定などまるでしていない森の奥に建てられた住居。

 そこに訪れた突然のお客様。


 もてなすための茶菓子などもなく、出せるのは冷たいお茶だけだ。

 それでも、彼女はありがたいと心を歓喜させ、さっそく喉の乾きを潤した。


「さて……まずはお名前をお聞きしてもいいですか?」


「あ、はい! 申し遅れました。私はユミエラです」


「ユミエラさんですか。私は心美です。よろしくお願いしますね」


 良い勢いでカップに注がれたお茶を減らした心美より少しばかり年上に見える女性。

 ユミエラと名乗る女性に心美も自己紹介を返した。


「本日はどのような御用でこちらにいらしたのですか? もし、迷子になってしまったというならば送っていきますよ?」


 心美はユミエラの目的を尋ねるが、これは形式上のものだ。

 心美はすでに彼女の心を読み、今も尚見続けている。


 知っている上で尋ねる。

 何も知らない状態で行われただろう会話を意図的に誘発させているのだ。


「えっと……ちょっと前に町である噂を耳にしまして……。神出鬼没に色々な場所に現れる少女にお願い事をすると叶えてもらえる。曰くその少女は人知れず森の奥に住んでいる、と」


「なるほど、その噂の真実を確かめに来たのですか?」


「はい……ある薬師の方がその噂は本当かもしれないと言っておりまして……もしそうなら私の願いも叶えてもらえるのかもと思って探してました!」


 ある薬師、というところで彼女の心象が作り上げた人物は心美もお世話になった人物だった。

 噂、願い事。

 心の中に散らばっていたピースが繋がり、話の全貌が見えてくる。


「私は願いを叶える少女ではないのですがね……まったくルミナスさんも噂を面白がって……」


 その噂は偶然出来上がったものなのだろう。

 だが、その噂に当てはまる人物を知っているものがいた。

 もしかしたら本当かもしれないと希望を与えてしまった。

 それが、ユミエラがこの森の奥まで足を踏み入れたきっかけだろう。


「いいですよ。聞くだけならタダとも言いますしね。あなたはその胸にどんな願いを秘めているのですか?」


 仕組まれたかのような偶然。

 しかし、それはある意味での必然。


 信憑性の薄い噂に縋らなければいけないほどの願い。

 心美はもうそれを知っている。


 その上で、彼女の口から聞かなければならない。

 何故なら、心が読めることは心美の最大の秘密だから。


 その秘密を守るために。

 心美は自然な会話を装って、ユミエラの願いを尋ねるのだった。

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