タッグ・ブラックハート
吐き出される息吹がまるで吹雪のように心美達の眼前を白く染め上げる。
息を吐いて咆哮するだけでこの威力。
心美はテレポートで直撃を回避して、ユキの様子を見やる。
「ユキはあれくらいどうってことないみたいですね。頼もしいです」
(ま、あれくらいフツーでしょ)
ユキとアオバの周囲には赤い色の魔方陣がいくつか浮かんでいて、それがフロストドラゴンの息吹――――冷気による攻撃をしっかりと防いでいた。
火属性の魔法。
熱によるガード。
それは恐らくユキにとっては苦手な属性の魔法なのだが、こういった場面で当たり前のように使えるのは彼女が影で努力してきた成果なのだろう。
その影の努力を知っていて認めているからこそ、スカーはユキならあの程度どうってことないという信頼がる。
その程度で揺らがない。
揺らぐわけがない。
積み重ねてきた努力は嘘をつかない。
それは心美もしっかり理解している。
しかし、だからと言って手放しにしていいわけではない。
見ることが心美が最も貢献できる最善の手段。
信頼できる、任せられる、そんな風に思っていても視界から完全に外すことができないのが心美の性格。
ならば、どんな時でも正しい判断ができるように、目を切らさぬように見るだけ。
「私達も動きましょう」
(私は影にいるから好きに動いていいよ)
「分かりました。何かあればまた呼びかけます」
スカーは心美の影に身をひそめる。
心美の影は心美自身のテレポートで位置や形を変えるが、それによってスカーの身が影から弾き出されることはない。
心美のテレポートは自身と心美自身が触れているものしかテレポートできないのだが、影を操る黒猫はその限りではない。
心美がともにテレポートする対象として意識しなくても勝手について来てくれる存在。
大したことのないように思えるが、実は心美にとってはかなりのアドバンテージだ。
触れる、触れてもらう、このどちらかを実行するのにワンアクション必要となる場面でも、スカーならばそのラグが無くなる。
味方を置き去りにする危険性を限りなく低くしたうえで、転移を可能とするのだ。
「見えました! ドラゴンの左後方に牙らしきもの、周辺に鱗らしきものも散らばっています!」
(分かった。それを掠め取ればいい?)
「可能な限り近づいて影のできる位置を調整します。無理はせず取れそうな物から回収してください」
影さえできていればそれはスカーの出入り口。
必ずしもその場に心美の本体が必要という訳ではない。
幸いにも今は周囲を照らす魔法の影で光源は保たれている。
「ここ……違う、もう少し右ね。なら、ここ!」
心美はテレポートを使い空中に躍り出て自らの影の位置を見やる。
ドラゴンから離れた位置で、影だけは近くに寄せる。
そのために肉眼での位置確認と千里眼での転移先の選定を素早く行い、目論見通り己の影をフロストドラゴンの足元に這わせた。
(いい位置取り)
そうして目当てのモノに近付いたスカーは、にゅっと影から顔を出して一目散にそれを影に引き落とす。
その次の瞬間、何者かが近付いたことを察知したフロストドラゴンが、横なぎに尻尾を振るった。
それを観測した心美は転移で己の位置を移す。
スカーが間一髪で影に逃れたところは見えている。
が、心美の予想以上に迎撃が鋭く素早い。
「無事ですね?」
(……間一髪)
「ユキとアオバが注意を引き付けてくれているのにこの反応速度っ……懐に潜り込むのは厳しいでしょうか?」
フロストドラゴンの足元付近に送り込んだのがスカーだけだったから何とか逃れられた。
もしあの場に心美自身が飛び込んでいたならば回避行動への反応は間に合っていたか分からない。
テレポートは一見万能魔法のように思えるが、その実弱点はシンプル。
反応できない速度での攻撃は心美でも躱せない、かもしれないのだ。
千里眼で場全体を掌握して、僅かな兆候を感じ取って、先読み、予測をしてようやく五分に持ち込める。
心美の戦闘におけるポテンシャルはせいぜいその程度なのだ。
そのため想定外の迎撃を見せられた心美は考えを改める。
この策を突き進めるのはいささかリスキーであると認識して次なる策を練りだそうと頭を巡らせようとした、その時だった。
(ココ、私をあいつの影に潜り込ませて)
「私の影から出たら危険なのではないですか?」
(どうせ誰の影にいても近づいて顔出した瞬間に狙われるんだったら、ココをフリーにした方がいいかなって……)
「任せていいんですね?」
(うん、いいよ。なるべく引き付けて。あとちゃんと迎えに来て)
「分かっています」
スカーのオーダーは理に敵ってはいるが気になる部分もある。
それは行動範囲をフロストドラゴンに委ねてしまうこと。
だが、彼女はできないことをできるとは言わないし、そもそもやろうとすらしない。
つまり、やれるというのならそれは任せてもいいということになる。
自身が回収役を担えないのならばスカーに託すほかない。
遅かれ早かれこのような布陣になっていたのは明白なので、心美は彼女を信じてその要求を受け入れる。
「無理はしないように。私も隙があれば狙いますが基本はあなたに任せることにします。……頼みましたよ」
先程同様に己の影を伝わせてドラゴンの影までの道を繋ぐと、傍にいた黒猫の心がスッと遠くなるのを感じた。
それを見送った心美は白い息は吐きながらその巨体を見つめる。
「さて、私にできることは……スカーの動ける時間を長引かせることですね」
「じゃあ、今度はボクと一緒に頑張ろっか」
「アオバ……ユキの傍にいなくていいのかしら?」
「いやー、ユキちゃんの傍にいるとどうにもボクが足を引っ張っちゃうみたいでー」
「はぁ、言っておきますが私にユキほどの安全性を期待されても困りますよ。ですが……そうね。ユキは好きに暴れた方がいい」
「でしょでしょ!」
青い花弁と共に心美の隣に降り立ったアオバ。
ユキとの連携は通常運転ならまだしも、弱体状態では足を引っ張ると判断して心美の元にやってきたようで、いつもの調子を装っているが、やや申し訳なく思っているのは心美には隠せない。
そうなることは予想できていた。
そのうえで連れ来ているのだからそれ自体は想定外の出来事ではない。
すべて織り込み済みの事象を、心美は冷静に受け止めアオバに声をかける。
「ユキだけに任せてられないわよね。私と一緒に薔薇の底力……見せ付けてやるわよ」
「もちろんです!」
フロストドラゴンの余裕を崩す。
見向きもされない自分達でも、僅かでも意識を割かせて、強制的に目を向けさせる。
決して無視なんてされない。
そう意気込んで心美は、アオバの手をそっと握りしめた。
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