タッグ・ローズハート

 心美はアオバの手を握って、共に転移を繰り返す。

 ちょろちょろと動き回りながら、時折フロストドラゴンの視界に移りこむことも織り交ぜて、少しでも対応力のリソースを割く。


 心美達の目的は一つ。

 スカーがフロストドラゴンの周辺に散らばる素材を回収する時間を稼ぐ。

 そして最大戦力であるユキの突破口を開く。

 そのための陽動にはアオバの力が役に立つ。


「今です」


「はーい、やっちゃうよ~」


 転移でフロストドラゴンの顔正面に出た心美はアオバに合図を送る。

 その指示に従ってアオバは自らの象徴、青い薔薇の花弁をその眼前に向かって撒き散らす。


 そして即座に移動。

 離れたところから様子を窺い、その青の花弁を鬱陶しそうにしているドラゴンを見やる。


「これでいいんですか? すぐに凍らされているみたいですが……」


「いいのよ。攻撃することが目的ではないのだから」


 アオバが放った花弁はほぼ一瞬で氷漬けにされ、ぼとぼとと地面に落ちている。

 ふわふわと舞続けるならば集中力を乱す一手になるのかもしれないが、こんな子供だましで何とかなるほど甘くはない。

 だが、それがまったくもって効果がないという訳でもない。


「一瞬でも花弁を凍らせて除去する手間を引きだせたのなら…………あの子はそれを見逃さない。そうでしょう?」


「うん、そうだったね」


 次の瞬間、ユキの作った炎の槍が、落ちていく凍った花弁の隙間を縫って、フロストドラゴンの身体に突き刺さった。

 小さく微々たるダメージかもしれないが、蓄積させることに意味がある。


 攻撃と防御のバランス。

 それが崩れたら戦況が一気に崩壊するのを分かっているからこそ、ユキはやや引き気味に戦わなければならない。


 格上との戦いに高揚しているものの、それによって

 冷静さは失っていない。

 熱くなってしまえば戦いはすぐに終わりを迎える。

 それはユキにとって佐生美の時間が終わることを意味し、それだけは絶対に避けなければならないから慎重にならざるを得ない。


「でも、一瞬でも攻撃だけに集中できる時間を作ってあげれば、あの子はその隙を突く。そのためにこっちでヘイトを集めるのよ」


「りょーかい」


 やることは変わらない。

 ちまちまと意識させること。


 青の花弁で視界を塞ぎ、足や翼に棘のついた蔦を絡めて執拗に嫌がらせをしていく。

 直接的なダメージに至らなくても、イライラを募らせて意識が心美とアオバに向かえば向かうほど、フロストドラゴンの作る隙はより大きなものになり、その分ユキの攻撃の自由度が高まる。


 魔力を練る時間も、より多くの術を発動する余裕も、照準を定めるための呼吸も、全部がユキにとってプラスになる。


「よし、いいのが入ったね!」


 密度と激しさを増したユキの爆炎攻撃がフロストドラゴンの身体を飲み込み、それを見ていたアオバはガッツポーズを上げる。

 しかし、立ち上る蒸気の中に未だ影は立っている。

 やはり、倒しきるには至らない。


 そんな中劈くような叫びと共に、周囲の温度が一気に下がりだすのを肌で感じた心美は、アオバの手を取りさらに後退する。

 その瞬間、視界がぶれたように見えた。


(何……これ……?)


 千里眼を肉眼に投影している訳でもないのに、目の前のフロストドラゴンの姿が二重になって見える。

 その視線をずらしてユキを見る。

 そこには氷漬けにされ、ぐったりとしている。


 震える手で握っているアオバを見る。

 苦しそうな表情で、顕現を維持できず消えていく姿が見える。


 そして――――氷の中で静かに眠る、心美自身の姿が見えた。


「ユキ! ありったけの力で炎の壁を作って身を守りなさい! 早く!」


(うん! 分かった!)


 そんな嫌な情景が脳裏をよぎった時、心美は咄嗟に叫んだ。

 普段は出さないような大きな声を張り上げて、ユキに指示を出す。

 態勢を立て直されないうちに追撃を仕掛けようとしていたユキだったが、心美の声を耳にするや、何も疑うことなくすぐにフルガード態勢に切り替えた。


 片手間のガードではなく、全力のガード。

 常に攻撃する隙を伺っていたユキが、ここで初めて攻撃を忘れて防御にすべてを注ぐ。

 四方を囲むように展開される炎の壁にその身を隠すように、心美もアオバを連れて逃げ込んだ。


 次の瞬間、周囲が白に飲み込まれた。

 吹雪の広域凍結攻撃。

 それに飲み込まれる前にフルガードを展開していたユキと、その恩恵をあやかった心美達は何とか事なきを得た。


「はぁ……はぁ……。この感じ、久しぶりね……」


(ココミ? 大丈夫?)


 ユキの展開したガードに逃げ込んだ心美だったが、やや辛そうに顔を顰めている。

 心美は何が起きたのか、そして何が視えたのか、理解しつつあった。


「魔力も……ガンガン削れるタイプ……なのね。アオバ……申し訳ないけどあなたの出番は終わりよ。少しでも魔力を温存しないといけないから」


「……分かりました。あとは任せましたよ」


 突然の戦力外通告。

 それにアオバは何も聞き返すことなく受け入れて、その身をスッと霧散させる。

 心美のことを信じているから、迷いなくその選択を取れる。


(ココミ……?)


「大丈夫よ。心配かけたわ。さぁ、勝利という未来を掴みましょう」


(うん!)


 閉じたままだった瞳が、開いている。

 その瞳が垣間見たものは、僅か先の時――――未来なのだと、心美は確信を持つ。

 心美はその未来視の瞳を携えて、望む未来を手にするために、共に戦う相棒をそっと抱きかかえた。

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