タッグ・スノーハート
心美は炎の壁に守られているうちに状況を整理して、心を落ち着けるために深呼吸をする。
己の推測はきっと間違えていないという前提のもと、新たに開いた瞳の力で活路を見出す。
二重に見えた世界は、少し先の未来。
全滅の未来を回避すべく咄嗟の行動だったが、おかげで訪れる未来は変わったらしい。
「しかし……消耗も激しいので乱用はできませんね。アオバを引っ込めて魔力リソースを確保しましたが……あと何回使えるか……。あまり当てにしないようにしたいですが」
(ねー、何が視えたの?)
「……私達がみんな氷漬けにされてやられる未来が視えました。咄嗟の指示でしたがあなたが従ってくれたおかげで何とかなりましたが……」
(未来! すごいじゃん!)
「おかげで予測よりさらに先の世界を見れるようになりましたが、その分魔力消耗も激しいです」
(あっ、だからアオちゃんを!)
心美は抱きかかえたユキと簡潔に情報交換を行う。
未来視の開眼。
それによるメリットとデメリット。
ユキは少しの問答でそれらを受け入れて、これからに思考を移した。
(ねー、あれ、倒せると思う?)
「そうですね。分からない……というのが正直なところですが、倒してもらわないと困ります……って言ったらあなたはどうしますか?」
(それはー、頑張るしかないね)
めったに見せない少しだけ弱気な姿勢。
心美の本音としてはここでしっかり倒して憂をなくしておきたい。
しかし、それで引き際を逃して勝ち目のない勝負をし続ける訳にもいかない。
心美の本音交じりの冗談に、ユキはかけられる期待の重さを感じてやや口ごもらせた。
「さ、そろそろ動いてよさそうです。行きましょう」
(逃げるって言わないの? 未来が視えるなら安全に撤退できるんじゃないの?)
「言いません」
あれだけ戦闘を避けるように立ち回っていた心美が、逃走を選択しないことにユキは驚いて目を丸くする。
相性の悪い格上の相手に、やや戦意も削がれかけてきた頃。
今ならば逃げると言われても大人しくその指示に従うというつもり――――だが、主はそのつもりは毛頭ないようだ。
「あまりこんなことを言ってプレッシャーをかけるのは本意ではないのですが、あえて言っておきましょう。勝ちなさい。あなたならできるはずよ」
(でも……できるかな?)
「できます。ですが、もしあなたが自分の勝利を信じられないというのならば、私が信じます。この瞳たちに誓って……あなたの勝利する未来を私が見通します」
(もう、やるしかないじゃん)
心美の言葉。信頼。
それを裏切ることはできないと、ユキは失いかけていた闘志を取り戻した。
戦うのはユキ自身。
だが、心美が勝つ未来を探してくれる心強さ。
魔法の言葉をかけられたユキに、もう不安はない。
(ココミ、とっておきを使う。発動までにすごく時間がかかるから私がいいって言うまで、私を守ってほしいんだけど……)
「まさかユキからそんなお願いをされる日が来るとは……。分かりました。あなたはそのとっておきとやらに集中してください」
これまで心美がユキに守られるということは多くあった。
しかし、今回は立場が逆になる。
とっておきの魔法とやらを準備する時間を稼ぐために、心美はユキの身を守らなければならない。
正直言ってしまえば心美は自身の防御能力は紙だと自負している。
回避に自信があると言っても、広範囲攻撃を放つこのフロストドラゴンとの相性は悪い。
それでも相棒の頼みならばどんなに無茶なものでも成し遂げなければいけない。
「任せてください。この瞳にかけて……勝利の未来は絶対見逃しません」
どんなに細い勝ち筋でも見通して掴んで見せる。
そう意気込んで心美は、ユキを守り抜くために必要な瞳を抉じ開けて総動員させた。
心――――そして記憶。
ユキからの視点や、フロストドラゴンからの視点ですら己の情報として落とし込む。
千里眼。
より広く俯瞰的に。
空間を支配するために。
魔力。
フロストドラゴンの魔力の流れをも掌握して、攻撃の予兆を読み切る。
そして――――未来。
辿り着きたい未来を見通して、望まない未来は遠ざけて変える。
僅か一瞬先の未来でも予測を超えた予知ならば、心美の回避能力は何倍にも跳ね上がる。
「来る」
魔力の流れがフロストドラゴンの口に集まるのを視て、心美に向かって直線的に氷のブレスが放たれる未来を見る。
心美は落ち着いて千里眼で転移先を見て、テレポートで攻撃の範囲から自らの身体を跳ばす。
この程度ならば問題ない。
予測に加えて予知もあれば回避は余裕だ。
やはり心美が真に警戒しなければならないのは分かっていても避けられない広範囲攻撃。
避けることが封じられたら防ぐしかない。
そして、次の攻撃の予兆を感じ取って観測した未来には、また心美が氷漬けにされる未来が映し出された。
回避不能な範囲攻撃。
だが、ユキを頼ることはできない。
そんな状況だが、心美は待っていましたと言わんばかりに懐から取り出した魔法スクロールを発動させた。
「さっきのユキの炎の壁……転写スクロールで写しておいた甲斐がありました」
心美が使用したのは転写スクロール。
発動中の魔法に使用可能なスクロールで、その魔法をコピーするという性能をしている。
それを利用して心美は、つい先程のユキが発動したフルガード炎の壁を転写していた。
万が一に備えていたという訳だが、思いのほか出番は早かった。
このスクロールは発動された魔法そのものをコピーしている。
そのためユキが全力でガードするのと同じ出力で魔法が展開される。
そのおかげで心美は範囲攻撃を防ぐ術を得たという訳だ。
この魔法を切らさないためにすかさず次の転写スクロールで炎の壁をコピーして、次に備える。
ユキの信頼に応えるために、使えるものはなんだって使ってベストを尽くさないといけないのだ。
「っ……テレポート!」
フルガードと魔法のリロードで一瞬足が止まった心美をフロストドラゴンの尾が襲う。
炎の壁が展開されているのもお構いなしで、薙ぎ払いをしてくるが、吹き飛ばされて壁に叩き付けられる己の未来を見た心美が慌ててテレポートで回避する。
炎の壁は冷気の攻撃には強い防御力を発揮するが、物理攻撃にはめっぽう強いわけではない。
フロストドラゴン自体炎に弱いはずなのだが、それを強引に攻撃してくるあたり、心美が防御方面に薄いという弱点は見抜かれているのかもしれない。
「それでも……私のすることは変わりません」
心美のすべきことは一つ。
ユキを守り抜く。
フロストドラゴンがどんな行動を取ってこようと、己の瞳で全て見透かして、とにかく避けて防ぐ。
ただそれだけだ。
そして――――。
(お待たせココミッ! 準備できたよ!)
「何とか凌げましたか……! よかったです……!」
(ねえ、ココミ……? どうかな?)
「ええ、あなたの勝ちよ。頑張ったわね」
魔法の準備ができたユキは心美に呼びかける。
心美はユキの要望に応えることができたことにほっとしつつも、最後まで己の役割は忘れない。
不安そうに鳴くユキに、最後の約束を果たす。
未来予知。
それは確かにユキのとっておきがフロストドラゴンの全身を飲み込み、倒すに至る瞬間を映し出していた。
そのことを伝えると、ユキは安心したように笑い、その魔法を発動させる。
(火×火×水×光×風×闇×……おまけにもういっちょ火! 合成、レインボースパーク!)
複数属性混合魔法。
多くの属性を一つの魔法として組み込む必要があったため、集中力も必要だし準備に時間がかかったが、心美がその隙を補ってくれたため何とか発動までこぎつけた。
火属性を多めに組み込まれた複合レーザー。
巨大なフロストドラゴンの身体をも飲み込む大きく太い光線が、眩い光と共に放たれた。
心美が観測した未来。
それが今目の前に起こることになる。
勝利という未来が、変わることなく訪れた。
それを見届けた心美は、ホッと胸を撫で下ろして、頑張ってくれた仲間たちに呼びかける。
「スカー」
(終わった?)
「ええ、お待たせしました。結果的にこうなってしまいましたが、あなたの頑張りは決して無駄ではなかったですよ」
(分かってるよ)
心美が呼びかけるとフロストドラゴンの影からスカーが顔を出す。
スカーが一人で頑張ってくれたおかげで心美は自由に動くことができた。
結果的に倒してしまうことになり、隙を見て素材回収するのはあまり意味のなかったことのように思えるが、心美は決してそうは思わない。
スカーが頑張ってくれたおかげで、撤退の選択肢が常に残り続けたのだから、心美はスカーの頑張りは無駄ではなかったと告げる。
それを聞いたスカーはそのまま心美の影に潜り込むと、照れ隠しか顔を出さなくなってしまった。
「アオバ」
「お疲れ様です~。いや~、肝心な時にいなくて申し訳ありませんでしたー」
「いえ、少しでも未来視の魔力を確保したくて、指示を出したのは私なので……! 何も言わず指示を聞いてくれて助かりました」
アオバは心美の呼びかけに応じて再度姿を現す。
途中退場してしまったことを申し訳なさそうに謝るが、その指示を出したのは心美だ。
むしろ理由を聞くことなく指示を信用して動いてくれたことを、心美は感謝している。
「ユキ、お疲れ様」
(うん、いっぱいサポートしてくれてありがとう)
「私にできることをしたまでです」
ユキはフロストドラゴン討伐の立役者だ。
心美はフロストドラゴンに追われながら撤退する危険性を考えて敢えて倒しきってしまうことを選んだ。
そのためにはユキの力が必要不可欠。
心美自身かなり無茶な要求をした自覚はあるが、ユキはその期待に応えてくれた。
「みんな、ありがとう」
心美は改めて全員にお礼を言う。
その言葉に、各々嬉しそうに反応を示すのだった。
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