完成間近
心美がジュエルローズを持ち帰って数日が経った。
薬を完成させるという大仕事に入ったルミナスは連日忙しそうにしており、それを邪魔しないためにあえて接触は避けている状況だ。
とはいえ心美のすることは今まで通り変わらない。
怪我の悪化を避けるためにしなければならないことは安静。
ルミナスの仕事を増やさないために、言いつけは守って出歩かずほとんど部屋に籠っている。
それでも退屈はしない。
瞳を一つ開けば話し相手が二匹もいる。
キリエから借りた本もまだ机に積まれている。
時折ルチカが訪れては勝手に話して勝手に帰って行く。
「ココミ
「ああ、ニアさん。ありがとうございます」
それに、こうして食事を運んできてくれるニアとも会話がある。
客と従者という立場であるため、以前は心美を様付けでかしこまって呼んでいたニアだったが、今は友人のように呼んでもらっている。
堅苦しいのは好きじゃないとどこかの当主様と同じようなことを口にする心美だったが、自分の他の人に対する呼び方は相変わらずだ。
「ココミさんが前に汚してきた服、綺麗になりましたよ」
「ありがとうございます。もしかしてニアさんが?」
「はい! 頑張って綺麗にしましたよ! ですが、ああなるほどの無茶はしてほしくないです」
「あはは、ルミナスさんにも同じことを言われています。善処はしますが……保証はできません」
「まあ、ココミさんならそう言いますよね」
ニアは心美が初めて瞳を無理に行使し、多大なダメージを受ける様を目の前で見せ付けられた第一人者だ。
実際にその光景を見せられ、招く結果が分かっていたからこそ、心美はなおさら無茶はしてほしくない。
だが、心美は自分が必要だと思ったらやる。
もちろん善処はするという言葉の通り、言えば気を付けてはくれるのだろうが、保たれた天秤はふとした拍子に傾く。
ニアは、己の記憶をあれほどまでに傷付きながら読んだことや、ポルテモ草強奪事件などの経緯から、心美がそう言うだろうことはなんとなく察していた。
「そういえば先程ルミナスさんのところにも食事を運んできましたが、今日中には薬が完成する見込みらしいですよ。前に聞いた時は材料集めでもっと時間がかかる想定だったらしいので、こうも予定が早まったのはココミさんのおかげだと言っていました」
「まあ、適材適所でしょうね。足を使って探すのが定石なのでしょうが、私には偶然
そう言って心美は右手の平を見やる。
今となっては移動手段の一部に組み込まれてしまった遠視の瞳がぱちぱちとまばたきをしている。
「ふむ、ルミナスさんはまだ忙しそうにしていますが、完成が近いのなら安心です。ここのところ働きづめなので早く休んでもらいたいですね」
心美は片目を閉じたまま呟く。
心美が見ているのはルミナスがせっせと働く様子だ。
右手の瞳が開いている今、この場から動くことなく彼女の様子を窺うことができる。
「相変わらずすごいですね。ですがココミさんがルミナスさんにそう思っているように、私やルミナスさんもココミさんに無理してほしくないと思っているんですよ? そこのところどうか分かってください」
「分かっています。ニアさんやルミナスさんの私を思う気持ちは言葉だけでなくその心が教えてくれます。このレヴィン家に住む方はみんな心が優しいので、ずっと眺めていたくなってしまいます」
心が読める心美は向けられる感情も理解できる。
この場にいる誰よりも心が分かる心美だから、そんなことはもう分かっている。
「分かっているならいいんです。ですが、今は人の心配をするのではなく、ココミさんもしっかり療養してください」
「それも分かっています。そんなに心配しなくても勝手に出歩いたりしませんから、どうか安心してください」
「信じますよ……?」
心美は千里眼と転移を組み合わせたテレポートで、誰にも気付かれることなく部屋を出ることができる。
ニアも四六時中心美の部屋で見張っているわけにもいかないため、こればかりは心美の言葉を信じるしかない。
自分の事は無頓着なのに、人の心配は欠かない心美に頭を悩ませるニアは耳をぴくぴくと動かした。
「では私はこれで失礼しますね。ユキちゃん、ココミさんのこと、見張っておいてくださいね」
(分かった! 任せて!)
「分かった。任せて、だそうですよ」
ニアは心美の傍で丸くなる白い塊に、ご主人さまをしっかり見ておくように頼む。
ユキは元気よく鳴き声の返事をし、心美がそれを通訳すると、ニアは安心して微笑むのだった。
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