ノルマ完全達成

「ただいま戻りました」


(ただいまー)


 心美とユキ、スカーはレヴィン家へと帰ってきた。

 スカーは相変わらず影の中で睡眠をとっており、出てくるつもりはないようだ。


「あ、遅かったですね。おかえりなさい……ってその恰好、またですか!?」


 帰宅を知らせる声と鳴き声に反応して顔を出したのはルミナスだ。

 心美達の帰りが想定していたよりも遅れていたため心配して待っていたのだろう。


 しかし、そんな彼女が目にしたのはいつぞやに見たようなショッキングな服装。

 斬新な服の模様替えをして現れた心美に何かあったのではないかと心配が絶えない。


「ああ、すみません。お洋服を汚してしまいましたね」


「服なんて洗えば綺麗にできるのでどうでもいいんですよ! それよりココミさんは大丈夫なんですか?」


「大丈夫ですよ。ニアさんの記憶読んだ時のように瞳から出血しただけです。少し休んできたのでもう問題ありません」


 心美はそう言って胸元に浮かぶ瞳をまばたきさせてみせた。

 血が固まって赤くと汚れているが、その瞳はしっかり動く。

 しかし、妙に瞳を強調する心美を怪しく思ったルミナスはさらに問い詰める。


「それは分かりました。ココミさんがいいと言うならば大丈夫なのでしょう。ですが! 本当にそれだけですか? 嘘ついていたらものすごく苦ーいお薬を飲ませますよ……!」


「う……足首をひねっています」


 心美は心を読む瞳を開いていた。

 その瞳がルミナスの心を読み取り、本気で行おうとしていることが分かった心美は観念して話し出した。


「詳しい話はあとで聞きましょう。まずは治療をします。私の部屋に行きますが……ココミさんは転移で先に行きますか?」


「いえ、あいにくですがテレポートのスクロールは切らしています。ここへ飛ぶのに使ったので最後ですね」


「そうですか……では足の負担が少なくなるように私の方に掴まってください」


「すみません」


 こうして見た目以上に深刻ではないが、けがをしていることを打ち明けた心美は、治療のためにルミナスの部屋へと運ばれた。


 ♡


「とりあえず足の方はこれで大丈夫でしょう。そんなにひどくはないので数日でよくなると思いますが……また薬が欲しくなったら私に言ってください」


「ありがとうございます」


 心美は運ばれたルミナスの部屋で手当てを受けた。

 ルミナスは薬師だが、応急手当も少しはできるようで、心美の患部を触っただけで適切な処置を施した。

 極めつけは彼女の作る薬だ。


 薬といっても種類は様々。

 飲み薬だけでなく、こういった怪我に使える塗り薬も完備してあるのはさすがと言わざるを得ない。


「ですがなぜこのような怪我を?」


「転移先にある地面から飛び出した太い根を踏んでしまって……お恥ずかしい限りです」


「そうですか。ではそちらは?」


 ルミナスは心美の手元。

 温かいお湯で濡らした布で血を落としている最中の球体に意識を向けた。


「そうですね。それを説明する前にこちらを渡しておきましょう」


「わっ、綺麗ですね。薔薇の花束ですか。すごい……ってええ!?」


 心美は鞄から薔薇の束を取り出した。

 それを受け取ったルミナスはその美しい花束にうっとりしているが、その中心に添えられた一際輝く薔薇に気付くと驚いて心美を見やった。


「ジュエルローズ、これを取るのに苦労しました」


「どうして? でも……えっ? もしかしてココミさん……死の樹海にこれを採りに行ったりなんてしてませんよね?」


「ええ、行きましたよ?」


 怪我をした心美。

 傷づいた瞳。

 尽きた転移スクロールに遅かった帰り。

 そして手渡された薔薇の花束に紛れ込む最後の材料。


 このキーワードがすべて結びついて浮き上がる推論をルミナスは否定したかったが、心美はあっさりと白状した。


「……あそこは一度足を踏み入れたら二度と出てくることはないと言われるほど危険な場所なんですよ?」


「確かに入っていく足跡はいくつかありましたが、出てくる足跡はありませんでしたね」


「どうして、そんな危険なところへ? そんなにボロボロになって……」


「そうですね。敢えて言うならば……私ができると思ったからでしょうね」


 心美は集めた情報と己の能力を照らし合わせてできると信じた。

 確率の低い安全より、確率の高い危険を己で考えて選択した。


「私が可能だと思った。こっちの方が早くて確実だと思った。だから実行したまでです。そのうえで私が少し……ほんの少しだけしくじってしまった。それだけです。ルミナスさんが気に病むことなんってこれっぽっちもありませんよ」


「ですが……」


「では、いつの日かのお返しに私もこの言葉を送りましょう。……知ってました? こういう時は笑ってありがとう、って言ってもらえた方が嬉しいんですよ」


「……ふふ、これは一本取られてしまいましたね」


 これは心美が文字の読み書きができなくて困っていた時。

 ルミナスに教えを乞うことになったが迷惑をかけてしまい申し訳ないと思っている時にルミナスに言われた言葉だ。

 心美は記憶からその言葉をまるごと引っ張り出して、そっくりそのままルミナスに返した。

 以前自分がやられたように、頬を指で押し上げて無理やり笑みを作らせるおまけつきでだ。


「本当にありがとうございます。本来は私の仕事なのに結局ココミさんにすべて任せてしまいました。でも……ここからは私の仕事です」


「はい、薬作りは任せましたよ」


 これで材料はすべて集まった。

 ここが受けた依頼はすべて完了。

 最後の仕上げはルミナスの仕事だ。



「あ、でもココミさんが傷付いた姿は見たくないので、無茶はこれっきりにしてくださいね」


「…………善処はします。一応」


 友が傷付く姿は見たくないと釘を刺すルミナスだったが、心美はあちこちに三つの瞳をあちこちに泳がせて返事をする。

 善処はするという便利な言葉でお茶を濁して、守ることを確約しない心美にルミナスは呆れたように笑うのだった。

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