その瞳に何を映す⑩ラストピース

「全然見つかりませんね」


(全然だねー)


「私もこの瞳の力を過信しすぎていたのかもしれないですね。反省しなくては……」


 これまで千里眼は心美の期待通りその力を遺憾無く発揮してくれた。

 見つけたいものは何でも見つけられる自慢の目だった。


 探し物は得意と自信満々に告げたのにもかかわらずこの体たらくに心美は恥ずかしく思う。

 採取などと探し物の勝手が違うと言ってしまえばそれまでだが、それでも落ち込むには十分な結果だ。


 だがこの瞳の力は必要だ。

 逆に言ってしまえば書斎で二つ目のピースを発見した時と同様に、パッと千里眼でも見通せる場所はないというヒントは得られる。


 何かの下、何かの奥、何かの中など、物理的に見えないところにある可能性。

 それを示してくれるだけでも意味はあると言えるだろう。


 沈んだ気持ちであってもめげずに目を開く。

 それが己のやり方という心美の自覚。


「さて、それでもかなりの部屋を回ったことですし、行っていないところは少ないはずですが……見逃しの可能性は信じたくないですね」


(嫌だよねー)


「ここもまだでしたね。ここらで見つかることを信じて……もうひと頑張りしましょう」


 これまで巡ってきた部屋にてピースを見逃した可能性。

 書斎での経験を経て、かなり気を付けて探してきたはずだが、それでも見逃しの可能性はゼロにはならない。


 だが、そんな考えたくもない可能性からは目を逸らして、まだ見ぬ部屋に残された可能性に賭ける。

 それは既に歩き疲れつつある心美の現実逃避だ。


「ここは……浴場ですね。この様子だと浴室もかなり広そうですね」


(でもこんなところにあるのかな?)


「これまでのピースもそう思った所にあったじゃないですか? まったく予想できないところ……案外こういったところにあるのかもしれませんよ……」


(それ、ここにあって欲しいってココミが思ってるだけだよね。目が死んでるよ)


「おっと、つい願望が」


 そうして藁にも縋る思いで辿り着いたのは浴場だった。

 着替えをするスペースの様子から浴場自体も中々な広さがあると予想できるが、その分通常の部屋と比べて物などは少なく、幾分か探しやすそうだ。

 これ以上探し回りたくない、ここにあって欲しいという願望を垂れ流しながら、心美は遠い目をして棒読みで告げる。


「では手分けして探しましょう。私は浴場に行くのでユキはこちら側をお願いします」


(はーい。私が見つけちゃうんだからねー)


 着替えをするスペースと浴場スペース。

 それぞれ探す箇所を分担して捜索を始める。


「ふう、少し疲れましたね。休憩です」


 心美は浴槽の縁に腰をかけて、足を休める。

 こうしてサボっているように見えても、千里眼で見渡せるのは心美の特権だ。


 それなりに広いといっても拓けている場所。

 障害物となる物も少なく、千里眼でも十分に見通すことができる。

 しかし、見つからない。


「ここも外れなのでしょうか……? やはりこれまで見てきたところにあって、また探し直さなければいけない……? 考えるだけでも嫌になります」


 浴室の隅に重ねられた木製の風呂桶や椅子などをどかして確認するも見当たらない。

 ふとした瞬間に、なぜパズルのピースを探すのにこんな場所に来てるのかと我に返りそうになるが、その思いを必死に振り払う。


 そしてまた脳裏をよぎるのは探し直しの必要性。

 考えないようにしてもこうも見つからないと嫌でも考えてしまう。


(ココミー、あったー? こっちには見当たらなかったよー)


「ユキ、こちらにもなさそうですね」


(あー、そう? あ、あれ家にもある魔力でお湯がでるやつー? ちょっと喉が渇いたんだよねー)


 心美の返答も予想済みだったのか、それとも大して興味もなかったのか、ユキの注目は壁に取り付けられた水やお湯を出す部分に持っていかれた。

 心美の自宅にもあり、ユキも自力で作動させることができるため、同じ要領で使用できる。

 慣れた手つきで魔力を流して水を出し、それを飲み始めた。


(ぷはー、おいしー! あ、ココミも飲む?)


「いえ、私は遠慮しておきますね……あら?」


(どうしたの?)


「……栓がされているわけでもないのに、妙に排水が遅いですね」


 ユキは水を止めて振り返り、ココミも飲むか問う。

 心美は気持ちだけ受け取って断るが、あることに気付いて声を上げた。


 排水が遅い。

 それ程多量な水を流したわけでもないのに、つまりのようなものを見せて水が溜まっている。

 心美はそれが気になって覗いてみる。


「……はあ、こんなところにあったのね」


 すると、その小さな穴の奥に、これまで探してきた木製のピースが詰まっているのが見えた。


(えー、そんなところにあったの?)


「ええ、あなたが水を流してくれなければ気付かなかったわ」


(へへー、私、お手柄だった?)


「ええ、助かったわ。これで探しなおす必要もなく、やっと戻れるわね……!」


 心美は安堵の表情で胸を撫で下ろす。

 ユキの気まぐれに救われた形だが、これで何とかすべてのピースが揃った。

 これまで巡ってきた場所を再度見回る必要もなくなり、あとはアオバの元へ戻るだけだ。


「さあ、もうここに用はないわ。早く戻りましょう」


(うん! アオちゃん待ってるよー)


 想定より時間は要したが、これでオーダーは完遂した。

 心美は付き纏う疲労と数多の謎に頭を悩ませながら、重い足取りで元来た道を引き返すのだった。

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