お話中継役
あれからユキと共に一通りの調べ物を終えた心美は現在、オリバーからのもう片方の頼みのために動いていた。
……正確に言うならば動かされていた。
「ココミ、早く早く!」
「ルチカちゃん、そんなに焦らなくてもあなたのお母さんは逃げませんよ?」
心美の手を引くルチカは、彼女の制止を聞くことなく突き進む。
心美がシルフィとの会話の負担を減らす懸け橋となることで、いつもより長い時間の面会が許可された。
それは我慢を強いられてきたルチカにとっては吉報だった。
善は急げ、という訳ではないが、今の彼女に待ちの選択肢は存在しない。
自分より背丈の低いルチカに手を引かれる心美は、自然と前のめりに倒れるような体勢になってしまっているため、どうにかしてこの
「だって、お母さんといっぱい話したいことあるんだもん! 楽しみだなあ」
(……これは責任重大ですね)
ようやく訪れた機会を目の前にして、まだ我慢を続けろというのも酷な話。
これほどまでに期待に満ちているルチカを満足させる役割も担っていることを自覚して心美は少し責任を感じた。
だが、それでもやることは変わらない。
いつも通り、言葉が無くても心は繋がるということを実践するだけ。
シルフィとルチカの間に橋を架けることができれば、心美のミッションは大成功なのだ。
「ね、行こっ!」
その小さな身体からは想像できない力でぐいぐいと引っ張られる心美は、半ば諦めの心で早足でついていくのだった。
♡
ルチカに手を引かれてたどり着いた部屋。
その扉の前で心美は深呼吸する。
いわゆる心の準備だ。
だが、そんな心美の緊張などお構いなしにルチカは扉を開け、駆けていく。
「失礼します」
心美を続いて入室する。
ルチカは既にベッドの傍におり、早くと呼んでいる。
傍へ行くと、シルフィが身体を起こし、ルチカの手を握っていた。
ルチカをそのまま成長させたような美しい女性。
それでいてどこか儚げで弱々しい佇まい。
しかし、その表情からは娘が訪れてくれて嬉しいのが読み取れる。
「紹介するね。ココミだよ! 私の事を助けてくれたんだ!」
「ご紹介に預かりました。心美です」
そこでシルフィも名乗ろうとして口を開きかけた。
それを心美は制止して、懐から封筒を差し出した。
「オリバーさんから預かったお手紙です。あれこれお話しする前にまずはこれを読んでほしいとのことですが……何が書いてあるんでしょうね?」
心美は事前にオリバーから手紙を預かっていた。
シルフィのおしゃべりが始まる前に必ず渡してほしいと念押しされたうえで。
その手紙の内容は心美には知らせれていないが、おおよその内容は想像がつく。
どのようにして会話を成立させるのか。
その説明でも書いてあるのだろうと推測した心美は、戸惑いながらも手紙を読むシルフィをジッと見つめていた。
シルフィは手紙を読み終えると顔を上げて心美を見た。
そのまま何を言うわけでもなくじっと見続けている。
一瞬首を傾げたが、何かを察した心美は開いた。
もう使用を厭わない、心を侵す志満の瞳を。
「えっと……お話中継役……? なるほど、それが合言葉ですか」
(本当に分かるのね。手紙に書いてあったことが嘘じゃないなんて……驚いたわ。じゃあ改めて、私はシルフィ。ルチカからあなたの事は聞いているし、この手紙も書いてあったわ。よろしくね)
「はい、よろしくお願いします。しかし、私の知らない合言葉を用意して試すなんて、オリバーさんも中々面白いことをしてくれますね。ですが信じていただけたように、ちゃんと私には伝わってますよ。言葉にしなくても思って頂くだけで結構です」
(それは助かるわ。ルチカとはいっぱい話したいけれど、話過ぎると疲れちゃって……。でもこうしてお話中継役さんがいてくれて楽よ)
「そうですか。それはなによりです」
「ねえ、ココミはさっきからなんでひとり言を言ってるの?」
覗いた心。
そこには一つのワードが佇んでいた。
それを口にしたところで察した。
それが力を示すための合言葉で、シルフィの納得を得る術なのだと。
それをきっかけにシルフィの納得も得て、予定通りに会話をしていると、この場で唯一事情をまるっきり分かっていないルチカが、不思議そうに心美に尋ねた。
彼女の目から見れば、心美がひたすら一人で喋っている。
「ルチカちゃん、信じてもらえるか分からないけど私はシルフィさんとこれでお話ができているの。私は人の心を読める」
「心を……読める?」
「そうよ。せっかくだしルチカちゃんにも実演しましょう。何でもいいわ。口には出さずに頭の中で言葉を思い浮かべてみて」
「えっと……こう?」
「ええ、大丈夫です。お母さん大好きですか。ちゃんと伝わってますよ」
「えっ! すごーい!」
一度その心を明かしてみせれば、ルチカも驚いて認めた。
母へ向けた愛の言葉を心美経由で受け取ったシルフィもどこか嬉しそうだ。
「今やったように私がシルフィさんの言葉をルチカちゃんに届けます。これならシルフィさんの負担も幾分かは減るので、いつもより長くお話しできますよ」
「ほんと? やったー! ありがとう、ココミ!」
(私からも。ありがとうございます)
「いえいえ、積もる話もあるでしょうし、楽しんでくださいね」
こうして心美が中継役となり、ルチカとシルフィは会話を楽しんだ。
時々心美も会話に参戦しながら、二人の笑顔を見守っていたのだった。
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