知りたくなかったこと
「私のおつかいについてきて退屈じゃないですか?」
「いえ、どちらかというと私もこちらに用事がありました。一人だと迷子にならないか不安なのでルミナスさんが一緒にいてくれて助かります」
「それならいいのですが、ココミさんは迷子にならないでしょう?」
心美はルミナスのおつかいに同行して町へとやってきていた。
目的はルミナスの補佐と情報集め。
何気ない会話を楽しみながら歩く二人。
人通りが多くなってきたところで、心美は借りてきたストローハットのような帽子を目元を隠すように深々と被る。
「私は私でそこらの人から有用な情報がないか探るので、ルミナスさんはお気になさらす」
「あ、やっぱりそのために持ってきてたんですね、それ」
帽子を被り、何かを隠すような仕草。
心美を知る者ならそれ帽子がどんな役割を担っているかは察しがつくが、何も知らない人からみればただのファッション。
特にこの場に不釣り合いという訳ではない。
「うっ……」
心を読む瞳。
長い銀髪と深くかぶった帽子で額を隠して開いた瞳。
その瞬間、心美はうめき声のようなものを上げ、頭を押さえて立ち止まった。
「ココミさん、どうしました?」
「……ふぅ、落ち着きました。すみません。いっぺんに読み取ってしまい少しびっくりしてしまいました」
「あぁ、人も多いですもんね。ですがこの前みたいに血がドバドバ出るような無茶はしないでくださいね?」
心が見える力の弊害。
大人数が視界に収まる場所で使用すると、その視界内すべての心を読み取ってしまう。
これまで複数人の心を同時に読むことはあっても、ここまで多くはなかった。
初めての弊害に心美は顔を歪めたが、少し時間をおいて慣れ始めたのか表情も元通りになっている。
「私にはココミさんの見ている世界は分かりませんが……やっぱり辛いですか?」
「そうですね。現状とにかくうるさいです。たくさんの人に同時に話しかけられている感じですね。あと、変態がいます」
(今日のお昼ご飯何にしようかしら?)
(今日の依頼、クソしょうもねえやつばっかりだったぜ)
(はぁはぁ……あの子かわいいなあ……舐めたい……はぁはぁ)
(うわ、危なかったー)
(今日も馬鹿な客からぼったくってやるぜ)
(……あのおじさんの視線、とても不愉快です)
(あぁー! 今の風もうちょっと強ければあの子のスカートの中が見えたのに……!)
(今日もいい天気ね。絶好のデート日和だわ)
心美は周囲の心を、かなりげんなりとした様子で眺めていた。
世の中には知らない方が幸せなこともあるという言葉の意味をまざまざと実感している。
そんな心美を見て、聞いてはいけないことを聞いてしまったとルミナスは猛省した。
「まあ、そんな都合よく求めている情報を思い浮かべてくれるなんてことないでしょうし気長にいきましょう。ルミナスさんはどこへ向かっているんでしたっけ?」
「行きつけの薬草屋さんです。もしかしたら入荷しているかもしないので」
「薬草屋さんですか。そういえば初めて会った時も薬草を集めてましたね。薬作りは薬草を材料を集めるところから全部ご自身でやられてるんですか?」
「基本的にはそうですね。実際に自分で見てより良いと感じたものを選びたいですから」
材料から自分の目で見て集める。
他人に任せてもいいような仕事でも責任を持ってやり遂げる。
これもプロの薬師としてのプライドがあるからだろう。
しかし、理由はそれだけでない。
それを説明しようとしたルミナスだったが、言いかけた言葉を寸前で喉の奥に引っ込めた。
そしてどうしようか少し悩んだ後に、いいことを思いついたと言わんばかりに自分の額を指さした。
「ん……? ああ、分かりました」
(伝わりました?)
「ええ、伝わりました。どうぞ、思ってください」
(単刀直入に言ってしまうと、奥様の状態がよろしくないことは内緒にしておきたいんです。ですがレヴィン家の者が薬やその裁量を何度も探しているとなるとそれが知られる可能性は高まります)
「なるほど。でもあなたはその限りではないと?」
(はい。私は普段からこうですし……それにこうして出歩いて薬を売ったりもしてますので)
身内の病。
それが発覚すれば弱みとなる可能性がある。
一メイドならいざ知らず、当主の妻ともなればなおさらの事だろう。
それを悟られないためには、この薬に関連する行動が最も普通に見えるルミナスということだ。
心美はキリエの反応を大げさだと思っていたが、この心を読んで決してそんなことはなかったと悟った。
「それなら外でこのような話はしない方がいいですね」
「今日は私が付いているので大丈夫ですよ。ココミさんも気になることがあったら何でも聞いてください。あっ、見えてきましたね」
心美は薬のことは何も知らない。
今集めなければならない物もかろうじて名前と形が分かるくらいだ。
その道のプロを頼ることになるだろう。
そんなことを思い浮かべながら、到着した薬草屋の暖簾をくぐるのだった。
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