心を読む能力

 あれから右手の手のひらにあった瞳、千里眼の力を使って食べられそうな葉っぱや木の実を集めてきた。

 そして初めに発見した川の近くに戻ってきいい感じのカーブを描いた太い木を背もたれ代わりにして腰を下ろした。


「水が近くにあるというのは安心できますが、飲めるかどうかわからないのは痛いですね。まあ、それを言ってしまえば私が採ってきたこれらも食べられるものか分からないのですけどね」


 心美が腰を下ろした横には集めた色とりどりの木の実が一か所にまとめられて置かれている。

 このようなものでも見つけられただけマシといってしまえばそれまでなのだが、やはり食べるのには勇気がいる。


「これは賭けね。変な木の実が混ざってなければいいのだけど……」


 このまま食べないという選択肢を取らないのならば、時間を費やして集めた意味もなくなる。

 意を決した心美は黄色い果実を恐る恐る口へ運んだ。

 警戒しながらゆっくりと噛むが、口の中に広がるのはフレッシュ甘さ。

 心美の知る物で例えるならば、リンゴのような甘さだろう。


「甘い……少し小さめですが味はいいわね。何というか……安心感があります」


 やはり知っているものに似ているというのは安心感がある。

 それでもまだ危険な食べ物出ないことの証明にはならないのがつらいところだが、心美はひとまずその黄色い果実を食べきった。

 そうして一息ついたところ近くでガサガサと葉を擦る音がした。


「人……ではないですよね。何でしょうか?」


 心美は後ろを振り向くことなく、右手からにゅっと瞳の球体を分離させ、瞳だけをその方向に向ける。

 片目を閉じて埋めた視界に千里眼の瞳が見ている光景を映して視線を動かしていく。

 木の実集めである程度の要領も掴んでいるのか少し手馴れている。


「何かしら? これは……小さな動物?」


 瞳が見たのはひょこひょことかわいらしい仕草で近づいてくる小動物。

 本来ならば得体のしれないものの接近は避けるべきなのだろう。

 だが危険は無いと判断し、心美はその小動物が近くに来るのを待った。


「あら、かわいい。雪のように白い身体だけど、狐かしら?」


 目の前に現れたのは狐のような姿をした白い小動物。

 心美を警戒していないのか近寄ってきて、彼女が集めた木の実に興味津々のようだ。

 心美はその様子を見てほほ笑んだ。


「食べたいの? それなら好きなのを食べていいわよ」


 木の実に顔を近づけてすんすんと鼻を鳴らしている狐に心美は食べる許可を出した。

 狐はその言葉を理解しているかのように、先程心美が口にした黄色の果実を食べ始めた。


「ふふ、いいと言われるまで待てるなんておりこうさんですね。ペットを飼っていたことはありませんが、もしいたならばこんな感じなのでしょうか?」


 心美にペットを飼った経験はない。

 だが、まるでおやつを前に待ったをかけられた犬を連想してしまい想像を膨らませていく。


 しかし、そんな心美の心情などお構いなしに狐はもしゃもしゃと食べ進める。

 心美が我に返ったころには赤い果実を残してすべて食べ終えた後で、満腹そうに転がっていた。


「あら、もうよさそうね。ふふ、私の分を残しておいてくれたのかしら?」


 残された赤い果実。

 心美はそれを手に取り、頂こうとした。

 その途端、横になっていた狐が飛び起きて何かを訴えるように鳴き始めた。


「どうしたのかしら?」


 突然鳴き出した狐に驚いて心美は動きを止める。

 だが、動物の言葉は分からない。


「何か私に伝えたい? でも…………っ?」


 困り果ててどうしようか悩んでいるとそれは聞こえた。

 誰かが何かを呼び掛けるような声が。

 しかし、その声は小さくてよく聞き取れない。


「なっ? 勝手に……」


 その時、額の瞳が心美を意思とは関係なしに浮いて、彼女の胸の前に降りてきた。

 そしてゆっくりと瞳が開く。

 その瞬間、うっすらと遠くにあった声がはっきりと聞こえた。


(赤いのは危険だよ! 毒があるよ!)


「…………そう。あなたはそれを伝えたかったのね」


 心美は本能的に理解した。

 聞こえた声が目の前で何かを主張していた狐の声だった事。


 そして、この瞳の能力と、なぜ開く瞳の能力が不明だったのかを。

 額の瞳が宿していた力は簡単に言ってしまえば心を読む力。性能が分からなかったのは単純に心を読む対象がいなかったからだ。


 驚いていないと言えば嘘になる。

 それでも、この瞳は心美の身体の一部。

 なんとなくであっても使い方は分かるのだ。


「教えてくれてありがとう。この赤いのは私に残してくれたのではなくてただ単に食べられなかったのね。助かったわ」


 知識がない状態での採取だ。食べられない物に巡り合う可能性もあると割り切っていた。

 それでも避けられるなら是が非でも避けたい。

 必死の叫びで危険を訴えてくれたのは心美にとってとてもありがたいことだった。


(私の言いたいことが分かるの?)


「ええ、はっきりと聞こえているわ」


 白い狐の声が頭の中に届く。

 理解不能な鳴き声は依然として聞こえるが、それを上書きするように言葉が入ってくる。

 心美は慣れないながらに狐が言葉の通じる者に出会えたことに対する驚きの心情を読み取り、クスクスと笑う。


「この瞳のおかげで動物さんともお話しできるのよ」


(そうなんだ! それじゃ、もっとお話ししよ!)


「ええ、構わないわよ」


 こうして白い狐は嬉しそうに心を賑やかにさせて心美にあれこれ話した。

 その中には心美が気になっていたこともいくつかあり、情報収集としても大いに役立った。


 それから月明かりが一人と一匹を照らすまで楽しいおしゃべりは続き、はしゃぎ疲れた狐は心美に寄り添って眠ってしまった。

 心美はそんな狐のモフモフを堪能しながら同じく眠りにつくのであった。

 

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