広く深く遠く

「えっと、右手は千里眼でしたね。それで探してくれるんですか?」


「はい、全ての範囲をいっぺんに見通せるわけではないのでかなり時間はかかってしまいますが、これで遠くまで見通せます。ちなみにですがこの瞳で食料を探したこともありますよ」


「あはは、たくましいですね。ですが無茶はしないでくださいよ?」


「善処はします。ですが保証はしかねます」


 右手の平に開眼した千里眼の瞳。

 今は球体として心美の胸元にふよふよと浮かんでいる。


 かつて転生してこの森で迷い込んだ時に、生き延びるために使用した要領で周辺を観測していく。

 だが、この瞳にはこれ以上先を見ようとすると痛みが発生する壁のようなものがあり、心美はそれを限界距離と呼んでいる。

 限界距離を超えた視界範囲の拡張は、まだ行ったことはないが、心を読む瞳の一件でどうなるかは容易に想像がつく。


 それでも、それでもだ。

 どれだけ痛みが走ろうと、どれだけ血が流れようと、それが必要なことだと思ったら心美は止まらない。

 きっと制止の声も振り切って、自分が傷つくことも厭わない。


 ルミナスは無茶は見たくないと頼んだ。

 ニアの心を読んで血を流す心美を直接見たわけではない。


 しかし、額から血を滴らせる心美と、床に広がった赤い水たまりを見て、何も思わなかったわけがない。

 瞳の力を頼りにしている反面、使い過ぎによる弊害は見過ごせない。

 心美のそのような姿を拝むことのないように願ったが、その願いが届いたかどうかは分からない。


「大丈夫です。範囲さえ越えなければ何もありません。あっ!」


「えっ! 見つけましたか!?」


「……ええ、名はまだ知らぬおいしい木の実です」


「……ソウですか……」


 いつの日か食べた果実。

 それを発見した心美は紛らわしい反応を示し、ルミナスをがっくりとさせる。


 しかし、そう簡単見つからないのも承知の上。

 心美だけに頼らずルミナスも自分の目も使って探す。

 求めている薬王でなくても、何かに使えそうならばと薬師魂が草を毟らせる。


「今のところは見当たりませんね。ここら辺はルミナスさんも以前探していた範囲でしょうし、もう少し遠くを見てみましょう」


「その瞳はどこまで見れるんですか?」


「分かりません。正確な距離は測ったことがないので。ですが機会があれば測ってみたいですね」


 千里眼は心美を中心とした円を描き、その中で自由に視界を動かせるような感覚だ。

 しかし、どれくらいの距離見通せるのか、正確には分からない。

 ある程度ざっくりでも構わないので指標となる数値があればいいのだが、測るのにもそれなりの労力が発生する。

 測定はまたの機会にということにして、心美は視界をさらに外へと広げた。


「すみません、少し止まります」


 歩きながら行っていた捜索を中断し、立ち止まる。

 そして心美は両目を瞑った。


「見えてるんですか?」


「今の私の視界は千里眼の瞳が映すものだけです。目の前などは一切見えてませんよ」


 心美の千里眼は開けている目に応じて見え方が変わってくる。

 両目を開けている状態なら、普段の視界に加えて、千里眼が映す視界が重なって見える。

 だが、片目を閉じると見え方が変化し、閉ざされた視界が千里眼の視界に置き換わる。

 片方は普段の、もう片方は千里眼の。所謂デュアルウインドウのような見え方だ。


 しかし、今の心美は両目を瞑っている。

 その場合は、千里眼の視界のみが表示される。

 目の前の情報をすべてカットし、見通した先に集中するモードだ。


 さすがに目の前が見えていない状態で歩き回るわけにもいかないので、一旦立ち止まったが、心美は数秒経って片目を開けた。


「多分……多分ですよ? 見つけたかもしれません」


「本当ですか!? 早く行きましょう! どっちですか?」


「そんなに焦らなくても、草は逃げませんよ」


 心美はそれらしきものを見つけてルミナスに報告した。

 特徴的に一致しているはず。

 しかし、今それを見ているのは心美だけ。

 その多分を確信に変えるため、ルミナスを目的の薬草と思わしきものが生えている場所へと導くように再度歩を進めるのだった。

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