見えないけど見てる

「さて、ここまで来ましたが……暗いですね。洞窟ということなのでちゃんと準備してきた甲斐がありました」


(そんなの使わなくても私が照らしてあげようか?)


「それも考えましたが、代替が可能ならば他のもので置き換えましょう。あなたの替えはいないのですから」


 大本命の洞窟を前にして、その入り口から顔を覗かせる深い闇。

 心美はそれに対抗すべく道具を取り出して起動させた。

 それは光を発して周辺をわずかに照らすことのできるランタンだった。


 ユキはそのような小道具に頼るくらいなら自分を頼ってほしいと提案をするが、心美は首を横に振った。

 周りを照らす魔法を行使するくらいユキにとってはお手の物なのだろうが、心美がわざわざ道具を持ち出して、そのような指示を下さないのはやはり最高戦力たる彼女を温存するのが得策だと考えているからだ。


 誰よりも戦闘行為を回避しようと頭を働かせているがその実誰よりも大きな戦闘になった場合の事も考えている。

 メインとサブ。

 メインプランが何事もなく進むのが一番ではあるが、やはりサブプランも疎かにはできない。


 メインプランの要を担うのが心美自身だとするならば、サブプランの要を担うのはユキとアオバだ。

 それゆえにアオバは無理をさせてでも連れてきたし、ユキの力をこの段階で必要以上に無駄打ちするわけにはいかない。


「しかし、これだけ暗いと千里眼がほとんど役に立ちませんね……。真っ暗でよく見えないとテレポートの照準は絞れませんね。魔力の流れで索敵自体は問題なく行えますが、普段に比べると範囲も制度を落ちてしまいますね」


 心美は光を灯して見えるようになったさらにその先、光が届かず闇に包まれたままの洞窟内を千里眼を飛ばして覗いてみるが、案の定得られる成果は乏しい。

 これまで心美が担っていたレーダーとしても役割。

 そのすべてを失ったわけではないが、千里眼が思うように機能しないというのはかなり痛い。


 それでも今できる事で役割はこなす。

 ただでさえ直接戦闘能力は低いのだから、自分の得意分野で役立たずの木はいかないのわけにはいかないのだ。


(ねーねー。暗くて見えないところってテレポートの魔法的にはどうなの? 見えてるところに転移するってことは見えてないからできないの?)


「なるほど……面白い疑問ですね。今のうちに試してみましょうか」


 テレポート魔法と千里眼の判定。

 見ているけど暗くて見えないのか、それとも暗くて見えていないから視界に収めた判定にはなっていないのか。

 それによってはテレポート自体が行えるのか否かが変わってくる。

 万が一の場合でも意を決して暗闇に飛び込む手段が取れるのか、そもそもそれができないのか。

 やれないとやりたくないでは大きく変わってくるそれを今のうちに確かめるべく、心美は千里眼を凝らした。


「暗い……見えない……。でも私はそこを見ているのだから理論上は……っと」


 そう言い終えた心美姿が掻き消える。

 心美が立っていた場所から光が失われ、少し離れた場所に心美が現れるともにその場が明るく照らされた。


「びっくりしました~。それ持ったままいかないでくださいよ」


(そーだよ! 驚かせないでよ!)


「はい、ごめんなさい」


 光源を持ったまま暗闇へと飛び込んだ心美。

 変わらず光を保ったままの彼女とは違って、その場に残されたものは突如暗闇に包まれた。

 驚きの声が上がった後、心美はユキとアオバからお叱りを受け、申し訳なさそうに謝った。


 だが、疑問は晴れた。

 暗闇の中にも問題なく転移は行えるということを心美がここに示した。

 その事実はとても大きい。


(見えてないのに見えてるって不思議だね)


「まあ、厳密には見えてませんがそこを見ている事実は無くなっていないということなのでしょうね。良いデータが取れたわ。ありがとう、ユキ」


(えへー、もっと褒めてー)


「ちょ、片手が塞がっているのですから飛び込むのはやめてください」


 嬉しそうに心美に向かって飛びついたユキ。

 心美は明かりを持っていない方の手で何とかその軽い身体を支えることができたが、受け止める態勢の整っていない状況での飛びつきは内心ヒヤヒヤものだ。

 とはいえ、ユキがその自由な振る舞いを控える訳もなく、腕に収まり気持ちよさそうにし出したのを見て心美は諦めたようにランタンをアオバに渡す。


「本当に自由ね、この子は……!


「ですねー」


(えへー)


「あの、褒めてないですからね」


 どこまでも緊張感を感じさせない自然体。

 それは必要以上に硬くならずに済んでいるということもあり助かっている部分も多いのだが、決して褒めている訳ではないのだった。

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