その瞳に何を映す?⑯鍵

 これ以上の進展が見込めなくなってしまったため、心美は一度心を読み取るのを中断する。

 最後の一手、何かが足りない。


「誰にでもある忘れたい思い出。この一連の出来事はヒロくんにとって心の奥底にしまい込んで見えないようにしたかったものだと仮定するならば、逆にそれが手掛かりになるわね」


 心美は飽きずに楽しく遊び続けるヒロの姿を見て小さく呟いた。

 これまで覗き見た記憶の中に心美の望むモノはない。

 それはあの黒く塗りつぶされた記憶を読み取れなかったから。


 見えないからその記憶がどんなものなのかは分からない。

 だが、それがヒロの隠したかったものならばこの一連の出来事に関係していると確信が持てる心美は、それを暴く方法について考える。


「完全に夢中になっていてこちらを全く気にも留めていない今がチャンスですね。一度この部屋を出ましょう」


(ん? またどこか行くの? アオちゃんに何か伝える?)


「いえ、その必要はないでしょう。ちょっと出てすぐ戻ってくるだけです」


(ふーん。それならいいけど)


 心美は状況を整理するために一人になりたいと考えた。

 その理由は、彼女が物事を整理して考えなどをまとめる際に口に出してしまうタイプだからだ。


 無意識の内に口に出してしまう癖というのは気を付けていてどうにかなるものではない。

 事実、つい先程も思わず声に出してしまったことでユキに窘められている。


 重要な思考を行うにあたって、そのような些細なことに僅かでも気を遣わなければならないのは思いのほかストレスになる。

 解放されるには、ついうっかり口走っても問題ないような環境を作り出すしかない。


 心美は霊視の瞳を閉じ、千里眼の瞳を開く。

 そっと扉の向こう側を見つめ、見透かした先へと転移する。

 そして、軽く扉を揺らして音を出して、あたかも今退室したというのを示してからその場から姿を消した。


 ♡


(あれ? ここって……二つ目のピースを見つけたところだっけ?)


「はい、そうです」


(何でここに来たの? この部屋の高級そうな椅子に座ってゆっくりしたかったの?)


「……なるほど、それもいいかもしれませんね。ですが、ここに来た目的は一つしかないでしょう」


 書斎に置かれた椅子は高級そうで座り心地もかなりよさそうだ。

 だが、目的は違う。

 心美がここを再度訪れた理由。

 それは、別れてしまった本来一つだったものを元に戻すためだ。


「ここが外せそうですね……お、開きました。これをこの位置に……やっぱりぴったりはまりましたね」


 心美は机の上に置かれた写真立てを手に取り、裏側をいじる。

 僅かなくぼみに指をかけ引っ張ると、裏側にはめ込まれていた部分が外れる。

 開いたところから中にヒロの部屋から持ち出した切れ端を差し込むと、破れた跡が綺麗につながった。


 その状態で再度蓋をはめ込んで、表を向ける。

 そこには、素敵な笑顔を浮かべる三人家族の姿があった。


(おおー、繋がったね。でも、わざわざこれを直しに来たの?)


「ヒロくんの記憶を見た感じ、これに関する記憶はありませんでした。ということはそれはあの中にある」


(あの中?)


「ああ、すみません。こう言ってもあなたには分からないですよね。要するに彼が忘れてしまった記憶に関するこれを見せれば、閉ざした心を開けるかもしれないということです」


(分かるような分からないような……)


 心美が写真を元に戻しに来た訳。

 それは、これがヒロの黒く塗りつぶされて閲覧できない記憶を呼び起こすになるのではないかと考えたからだ。


 パズルのピースを揃え、僅かだが心を揺らした。

 では、壊したはずの写真立てを見せてやったら、心がどう動くのか。

 試してみる価値は十分ある。


「もしこれがヒロくんにとって忘れていたい記憶を呼び覚ます鍵になってしまうのだとしたら申し訳ないですが……それでもやらせてもらいましょう」


 この写真が鍵となり得るのか。

 それは鍵穴に差し込んで回してみなければ分からないし、それによって何が起こるかも分からない。


 それでも、謎を解き明かすためならばやるしかない。

 心美は修復した家族の思い出を携えて、書斎を後にした。

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