その瞳に何を映す?⑮思い出の彼方へ
記憶。
それは積み上げられた過去。
高く高く積まれていればいるほど、より深く、より広く、膨大なデータが敷き詰められている。
ヒロという少年がこれまで積み上げてきた軌跡を無断で覗き見る行為。
それに対する罪悪感を心美が感じることはもう無い。
(うん。問題なく見える)
心を読む瞳の神髄。
記憶を読み取る。
それは記憶という海をひたすらゆっくりと沈んでいく感覚だと心美は思っている。
その中で見えてくる景色が、積み上げられた軌跡。
経験、感情、蓄積された数多もの思い出を、まるで映画でも見ているかのようにただただ眺めていく。
(問題なく見える、それは間違いありません。しかし……こう言ってしまっては失礼ですが、どうにもパッとしませんね)
ヒロがまだ幼いということも関係し、積み重ねられた記憶の束はそれほど太いものではない。
心美の瞳は、より深く見ようとすればそれなりのリスクが伴うが、ヒロの記憶ならば全部を覗き見てもまだ浅い部類に含まれる。
だが、それとココミが読み取りたい記憶が存在するかは別だ。
パズルのピースをあちこちにばら撒くきっかけ、破れた写真の真相。
そして、彼自身が霊となってしまった経緯。
それらがまったく見えてこない。
その可能性は想定していたとはいえ、いざ切り札を切ったうえでそうなってしまうのはやはり心美の思うところではない。
目を閉じたまま眉間にしわを寄せる心美は、心を読む瞳をさらに大きく見開く。
(どこにあるの? それとももう無いの?)
心美もそれほど脳の機能に関して詳しいわけではない。
なにせ前世では普通の女子高生だったのだからそれも当然だろう。
だが、どこかで小耳にはさんだ程度の認識だが、記憶の喪失にはいくつか種類があることくらいは知っている。
仮に抜け落ちてしまっている記憶が一部分だとして、問題なのはそれを思い出せる可能性があるか否か。
どういった理由で思い出せないでいるのか定かでない以上それも不明だが、心に刻み込まれた記憶として存在するのならば、きっと見つけ出せる。
心美はそう信じて記憶の海を泳ぎ続ける。
その果てにようやくお目にかかれたのは、ノイズのかかったテレビのような画面。
冷たい黒色がザーザーと揺れて、実際に音が鳴っている訳では無いが耳障りな音のようなものを感じさせる。
「これが……彼のしまい込んだ記憶ね。確かにこれでは思い出せないし、見れないわ」
(ココミ、声出てるよ)
「……すみません。ようやく糸口が見えたので、つい」
探し続けた先にようやく見えたものに、心美はつい口に出してしまう。
それほど大きな声でぼやいた訳では無いため、ヒロやアオバは気にも止めていないが、すぐ傍にいるユキは急に一人で話し出した心美の足を叩く。
心美は少し恥ずかしそうにして頬をかく。
停滞していた状況が一歩進展したかもしれないため、気が緩んでしまったのだろう。
しかし、そんな気分の高揚もすぐになりを潜める。
覗き見たい、暴きたい記憶は目の先にある。
だが、手が届かない。
宝箱が手元にあるのに、それを開ける鍵がないのと同じようなもどかしい思い。
変わらない黒塗りの景色に、心美は首を傾げながら、悩ましく思うのだった。
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