真相コネクト
食堂を飛び出したヒロは真っすぐと浴室へと向かっていった。
その心にある目的は仕込んだパズルピースの回収だ。
ヒロの心は理解不能で埋め尽くされた。
他人を思い通りに動かすことなどできやしない。
だが、彼は両親が自分の望む行動を取ってくれると信じて疑わなかった。
期待が大きければ大きいほど、その気持ちを裏切られた時の反動は大きい。
失意の底に沈みながら、涙をこぼす少年はこの現実をまだ信じたくはなかった。
『ない……ない……!』
だが、浴室に足を運んでピーズの回収を試みたヒロが目にしたのは、忽然とピースを消失させた現場だった。
置いたはずの場所に見当たらない。
辺りを見回してもその姿は見られない。
隅々まで探せば見つかったかもしれない。
母親が訪れられなかった理由ももしかしたら理解できたかもしれない。
しかし、この段階ですでにすれ違いは修復不可能な域まで到達していた。
『……酷いよ』
あったはずの場所にない。
ヒロはその事実を、ピースに気付き手に取ったうえで、持って来てはくれなかったのだと話を繋げてしまった。
その妄想を疑うこともなく、決め込んでしまった。
そうしてパズルのピースは諦めて次は書斎へと向かってとぼとぼ歩きだした。
そこで抱く思いも、似たようなものだった。
『やっぱり』
パズルのピースを仕込んだ本は見当たらない。
ヒロが本の表紙などを覚えていれば話が変わったかもしれないが、そんなはずもなく、目の前に突き付けられる現実が彼にとっての真実。
そんな絶望に映し出されている時に、ふと視界に移る笑顔にどうしようもなく苛立ちを覚えてしまう。
その怒りのままに腕を振るってしまい、写真立てをなぎ倒した。
破壊されたわけではないが倒された勢いで裏側の部品は外れ、中の写真は飛び出した。
その写真をおもむろに手に取り、思い切り引きちぎった。
短絡的な行動だっただろう。
時間さえあれば誤解は解けただろう。
だが、彼は家族の絆を疑った。
積み重なった感情の渦が、正常な判断を妨げる。
これもまた彼にとって、家族にとって不運だった。
感情のままに行った癇癪だが、ハッと我に返った時にはもう遅い。
ちょうど己が映る部分のみを抉り取るように破いた写真の本体と切れ端を交互に眺め、まるで今の家族の状態と重ね合わせたヒロは、とぼとぼと部屋へと戻っていく。
その手には破いた切れ端が握られたままだった。
♡
心美は記憶をたどって写真の真相を掴んだ。
その心情とすれ違い、思い通りに事が進まずに絶望を抱いてしまった少年に同情して目を開ける。
「写真はそういうことだったのね。でも……私はあなたと繋がって、あなたの記憶と感情を限りなく再現してこの身で体験した。あなたの心がすべて教えてくれた。だからあなたの気持ちも分かってあげられるわ」
幼い日の思い出。
一緒に遊ぼうという呼びかけに今は忙しいからあとでとやんわりと断られる寂しさ。
心美も過去にそう感じたことがある。
だが、ヒロはそれを恒常的に感じていたのだ。
それがたまたま爆発して、解決しようとして奔走して、うまくいかなくて雁字搦めになって、最後には壊してしまう。
ブラックボックスにはそんな悲しい記憶が詰め込まれていた。
「ちょっとしたすれ違いが積み重なって起こってしまった悲劇。とても残念に思うわ」
「……僕は、遊んでほしかっただけだったんだよ。こんな風に遊んでほしかったんだ」
「そうね。ずっと寂しかったわね。でも……あなたはもう満足しているのでしょう? あなたの心がそう言っているわ」
「そうみたい、だね」
心美は霊視の瞳を開き続けているが、その瞳に映るヒロの姿は薄くなっている。
現世に留まり続ける未練が無くなった証拠だ。
両親と、という最大の願望こそ叶えられなかったものの、心行くまで遊ぶことができたヒロはもう満足していた。
そして――――辛くて忘れていた大切な記憶も取り戻すことができた。
それが解放されるトリガーだろう。
「お姉さん、ありがとう。おかげで大切なことを思い出せたよ。アオバお姉さんも一緒に遊んでくれてありがとう」
「ボクも楽しかったよ、ありがとう」
アオバの寄り添っていた少年はそう言い残すとあっさりと消えてしまった。
そこにはもう霊体も心もなく、心美の瞳が何かを映すことはない。
「もしかして夢だったのでしょうか?」
「いいえ、思い出はちゃんとあなたの心に刻まれているわよ」
アオバは寂しそうにヒロと繋いでいた手を見つめる。
そこには感触も温度も何も残っていない。
だが、すべては心に残っている。
短い時間、彼と過ごした思い出はきちんと刻まれているのだ。
「さ、行きましょう。随分長いことここにいてしまったけれど、もう用はないわ」
心美は感傷に浸ることなく、帰宅の意を示す。
侵して暴いてしまった軌跡を己の心に秘め、静かに黙祷をささげてから、心美は廃洋館を後にした。
♡
(ねー、私は見えなかったけど幽霊の男の子が確かにいたんでしょ? その子ってなんで幽霊になっちゃったの?)
「あ、ボクも気になります。そういえばそこはまだ話してもらってませんでしたね」
千里眼とテレポートで帰宅して、一息ついたころ。
ユキは気になったことを心美に尋ねた。
今回幽霊のヒロを視認できていたのは心美とアオバだけ。
ユキとスカーはそこに幽霊の男の子がいたということしか分かっていない。
その男の子がどうして幽霊となってしまったのか。
幽霊として現世につなぎとめる未練はおおよそ分かっているため、早い話気になっているのはヒロの死因。
パズルのピースや写真の謎は解明したものの、心美はそれについては詳しく話していなかった。
「ヒロくんの死因ですか……? そういえば見てませんでしたね」
「え、見てないんですか?」
「順当にいけばあの後見れたかもしれませんが、すぐに消えちゃいましたからね」
(そっかー、謎が一つ残っちゃったね)
「そうですね。ですがこれでよかったと思いますよ」
心美は実のところ安堵している。
死の記憶というものは進んで体験したいものではない。
見たかった気持ちも嘘ではないが、見れなくて安心したというのも嘘ではない。
必ずしも必要な情報ではなかったため、この結末でよかったのだと一人納得している。
(そういえばこれって調査だったよね? 今日の出来事を全部報告するの?)
「いいえ、しませんよ。調査の結果は何も問題なしです」
「ヒロくんもいなくなっちゃいましたし、もう何も起きませんよね」
廃洋館を訪れた目的。
それは調査依頼を受けてのことだ。
報告の内容は心美達が口をつぐんでしまえばどうとでもなる。
突飛な出来事を説明してわかってもらえるか分からない。
それ以上に、この出来事は自分達だけで秘めておきたい。
わざわざ一から十まで説明しなくても、問題が解決したのならば、問題なしの報告一つで事足りる。
瞳を見開いて、見えないモノを見ながら繋げた真相を、見えない者に説明するのはナンセンスだ。
「今日は歩き疲れたわ。明日は筋肉痛ね」
こうして瞳の検証から始まった長い一日がようやく終わりを告げる。
これまでにないほど歩き回って身体を酷使し、苦手な霊とも向き合って精神的に疲れた心美は、床についてすぐ泥のように眠るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます