グレイシア

「あー、疲れました。早く休みたいです」


「ふふ、たくさん遊びましたね。でもそのおかげかちょっとは寒さにも慣れたんじゃないですか? グレイシアに着いて寒さも少し増していますが、騒いでいないようで何よりです」


「あ、確かに……。寒いには寒いし好調じゃないのは確かだけど、ちょっとはマシになったかも……」


 あれから何度か雪合戦をしたり、雪だるまを作ったりと適度に雪遊びを楽しんだ後、日が暮れる前に心美達はグレイシアに到着していた。

 初めての町並みを眺めながら歩く心美に、アオバは身体をぐっと伸ばして話しかける。


 遊び疲れたという感想がアオバの口から出るくらいには楽しんだ雪遊び。

 初めは乗り気でなかったアオバだったが、途中からは寒さを忘れたように楽しんでいた。

 その一時があったからか、グレイシアに到着して、僅かだが下がった気温に晒されてもアオバは文句ひとつ垂れることなく、蓄積された疲労を早く癒したいと心美に催促する。


 心美は宿を探しながら思わぬ収穫に笑みを浮かべる。

 アオバが機能するかしないかでは取れる手が変わってくる。

 少しでもこの環境に適応してくれるのならばそれに越したことはない。


「今日は早めに休んで疲れを取りましょう。肉体的疲労はもちろんですが魔力も消費しているので……特にユキはしっかり休んでくださいね。一応戦闘は避ける予定ですが、いざとなったらあなたは最高戦力なので、ここからなるべく消耗は控えてくださいね」


(わかってるよ~。あんまり魔法は使わないようにするって)


「分かっているならいいのです。とりあえず宿らしき建物を発見したので向かいましょう。はぐれないで ついて来てくださいね」


 心美は片手間に千里眼で周囲の建物を観測して、それらしきものを見つけてアオバ達を引率する。

 環境への適応と、体力回復に努めることを説いて、心美も珍しくはしゃぎ疲れた身体を早く休めたいと密かに思うのだった。


 ♡


 心美が発見した建物は宿で間違いなく、満室ということもなかったため心美達は一部屋取ってすぐに休むことにした。


「それでは寝るとしましょうか。明日の予定はまだ未定ですので起きてから考えることにします。アオバとユキは夜更かししないように」


「はーい」


(もう、しないってば)


 心美は再三ユキとアオバに釘を刺して布団を被って目を瞑った。

 思いのほかはしゃいでしまったのか、瞬く間に眠りの世界に旅立ち安らかな寝息を立て始めた。


(私達も寝よっか)


「そうですね。ボクもすごい疲れちゃったし、すぐに眠れそうだよ。さすがにここまでは早くないけどね」


(……うるさいよ)


 心美がすぐに眠りについたのを見て、ユキ達も休むことにするのだった。


 ♡


 一夜明けた翌日。

 目を覚ました心美は早朝のひんやりとした空気に身を震わせた。

 屋内であるにもかかわらず、冷え込んだ部屋はまるで外にいるかのように感じられる。


「それでも慣れがあればといったところでしょうか」


 心美はカーテンを開け外を見る。

 しとしとと積もりゆく白が冷たさを主張しているものの、この環境に慣れつつある心美はさほど区ではないと感じていた。


「ユキとスカーも大丈夫そうですね。アオバは……まあ、なんとかなるでしょう」


 ユキやスカーは未だ気持ちよさそうに寝ている。

 アオバの身体が若干震えているのが気になったが、心美は彼女の適応力を信じることにする。


「雪が降っていると千里眼も少し見通しずらいですね……。こちらも大分慣れはありますが、私の責任も重大なので頑張らなくてはいけませんね」


 心美は窓の外、その先を少し先まで見通して大きく白い息を吐いた。

 飛ばす視界にチラチラと移りこむ白い雪は正直にいって鬱陶しいが、それを理由にパフォーマンスを落とすわけにはいかないのだ。


 心美はこの一行の要。

 たとえ戦力的に劣っていたとしても、担う役割は一番大きい。

 彼女達のいつも通りをいつも通りとして成り立たせるためには、心美が安定していることが最重要なのだ。


「ううう、寒いよー」


「アオバ、起きたのね。おはよう」


「おはようございます。今日も寒いですね」


「ええ、でもあなたも昨日ほどは苦しんでないみたいでよかったわ」


「前向きですね~。まあ、相変わらず本調子ではありませんが、前よりマシって感じですか」


 もそもそと布団にくるまりながら起き上がったアオバに朝の挨拶をして調子を探る。

 寒さを嘆いていてもそれは前日に比べればかなりマシになっているし顔色も悪くない。

 本人の証言では本調子ではないとのことだが、全不調な状態を乗り越えただけでもかなりの進展だろう。


「今日の予定は決まりました?」


「難しいところね。早いところ用事を済ませておきたいとも思うけれど、焦るのもよくない気がして……」


「ボクも早く帰りたいかなー、なんて」


「分かっています。なるべく長居はしない方向で予定を組み立てますので安心してください」


 いくら少しずつ適応しているとはいえ、やはりのこの環境下に長いこと身を置きたくないのがアオバの正直なところ。

 心の底から思うそれを理解できる心美は、なるべく彼女の本意に沿って予定を組むことを約束する。


「はっきり言って目的の物を入手するだけならそれほど難しくないと私は考えているわ。それを踏まえてこのまま今日で用事を済ませてしまうか、それとももう少し情報を集めて計画詰めていくか、アオバはどっちがいい……かなんて聞くまでもないわね」


「今日行こう。みんなが起きたらすぐ行こう」


 心に浮かんだ言葉を寸分違わぬ強い主張。

 もしこれが四人で行う多数決だとして、アオバの意見がそちらの方向に傾くのならば、恐らくそれが全体の総意となる。


「はあ、分かったわ。どうせユキは早く遊びたいとか言うでしょうし、スカーは面倒事はさっさと片づけるに限るとか言うでしょうし……。あなたも早く帰りたくて仕方ないみたいだし、今日準備ができ次第向かいましょう」


「はい! ユキちゃんたち起こしちゃっていいですか?」


「……せめて自然に起きるまでは寝かせてあげなさい」


 決行日が本日と決まったことでアオバも俄然やる気が出たようだ。

 すぐさまユキ達を嬉々してそうとするアオバを、心美は苦笑いを浮かべながら制するのだった。

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