一人暮らし
およそ二か月ほど経った。
その間の心美のレヴィン家での生活は特別変わったことはない。
部屋にこもってユキとスカーをモフモフし、ルチカの遊びに付き合わされ、ルミナスの薬作りを観察する。
キリエから借りた本を返しに行ってはまた違う本を借りる。
メイド服を一着借りニアの仕事を手伝ったり、シルフィとゆっくり話をしたり。
時にはオリバーに誘われてお茶の時間を楽しむこともあった。
そんな時間も瞬く間に過ぎ――――別れの時が着々と近づいてくる。
「そうですか。こんなにも早く……本当にありがとうございます」
「それが君の望みだったからね。まさか家を建ててほしいなんて言うとは思わなかったけど、変に小さな望みを言われてたら却下するつもりだったからこちらとしても好都合だったよ」
時は少し過去に遡る。
心美がオリバーに呼ばれシルフィと会い、依頼の完遂に対する報酬の話をしていた日。
その時に告げられた心美の願いはこのようなものだった。
「実は居候させて頂くのを止めて一人暮らしをしたいと思っていたところなのですが、どこか人里離れた場所に……それほど大きくなくて構わないので住居を建ててもらうというのは可能でしょうか?」
心美が申し出たのは居候の解消。
それに伴い住を失うことになる補填。
これが心美がオリバーに望んだことだった。
もちろん理由は聞かれた。
何か気に食わないことでもあったのか、こき使いすぎて愛想をつかされたのかなど心配もされたが決してそんなことはなく、ただ単に心美がそうしたいと思っていたから。
転生したてで見知らぬ場所に放り出され、お金もなく情報もなく途方に暮れるはずだった己を保護してくれたことには当然感謝している。
しかし、いつまでもレヴィン家の好意に甘え続けるわけにはいかないとも思っている。
レヴィン家というフィルターを通してだが、この世界での生活にも慣れてきた。
開眼した瞳や魔法という超常の力も今となっては当たり前の存在として認識できている。
だからこそ、というのもあるのだろう。
本来ならば自分でお金を稼いで家を買って、というのが筋なのだろう。
だが、多大な功績とやらでわがままが通用するなら、少しばかり大きな望みをかなえてもらうのも悪くない手と心美は判断したのだった。
「僕の知り合いに建築に強い人がいたのもそうだけど、君が人員や資材などの移動や運搬を担ってくれたのも迅速な完成の大きいね。でも、よかったのかな? あんなところに建ててしまって……?」
「あんなところだからいいんですよ。あそこは人の心を拾うことが少なそうですし、それに……私の始まりの場所ですから」
「そうかい。君がいいなら何も言わないよ。もう家もできてることだしね」
心美が家を建てる場所に選んだ場所。
それは彼女の始まりの場所でもある、転生したときに目を覚ました森だ。
なぜそのような場所を選択したのか。
その理由は心美の心を読む瞳にあった。
今までは額に開く瞳が射貫く者の心しか読めなかった。
だが、今の心美は周囲にいる者の心も読み取ってしまう。
少しペットと会話を楽しむつもりが、偶然部屋の前を通りかかった人も読んでしまう。
心美にとってそれは雑音だった。
だが、人里離れた場所でならその心配もない。
周りを気にすることなく瞳を開くことができる環境。
それこそが心美の望むものだったのだ。
それに、せざるを得なかったとはいえ、何度か野宿をした場所だ。
その自然の心地よさを知り、愛着のようなものも湧いている。
そして数回の転移でこの町に来ることもできる。
心美にとって考えられる最高の立地だった。
「ちなみにですが土地の問題とかってどうなっているんですか? 家を建ててもらった後に聞くのも変な話ですが……」
「ああ、そのことなんだけどね。一つ相談があるんだ」
「はい、何でしょう?」
「一応あそこはレヴィン領だから僕の裁量で好きにしていいんだけど、君さえ良かったらあの森……所有してみないかい?」
「はい?」
「いや、ね。あそこも僕の領地だけど少し距離があっていかんせん放置気味になってしまうんだ。幸いにも魔物が繁殖してるってこともないし、放っておいても大丈夫なんだけど、君が住んでくれるんだったら……まあ、言い方は悪いけどお飾りの管理者をお願いしたくてね」
レヴィン領に含まれる森だが、現状レヴィン家としても放置気味なりつつある土地。
そこに心美が住むというのならば、その土地を所有させて、管理も任せられないだろうかといった話だ。
「何か問題が発生した時に対応したり、僕達に知らせたりできる者がいてくれたら僕も助かるんだよね。君ならあの森の広範囲を観測できるだろうし適任だと思ったのだが……どうだい?」
「そういうことなら喜んでお受けしましょう」
「ありがとう。あくまでもお願いするのは管理だから、責任はこちらで引き受ける。名目上は君の土地ということだからある程度は好きにしてもらって構わないけど、故意的な自然破壊はダメだからね」
「ふふ、そんなことしませんよ」
家を建てる際にいくつか木々を伐採して利用もしたが、過度な破壊行為は厳禁。
いくら自分の土地になるからといってそんなことするつもりは毛頭ない心美は冗談を受け取り笑う。
こうして一人で暮らしていくための家は出来上がった。
自分は改めて恵まれていると感じる心美だった。
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