空中散歩

(ひゅー、気持ちイー。ココミ、見てるー?)


「……本当に飛べるようになったんですね。まあ、元々嘘はついていなかったので本当なのは分かっていましたが……それでもあなたの成長速度には素直に脱帽ですよ」


 心美は楽しそうに空に飛び回る白塊を見て乾いた笑みを浮かべた。

 心美が新たに獲得した瞳の検証で行った言葉に交えた嘘を当てるゲームにて、ユキは飛行手段をわずかながら得たとカミングアウトした。

 その言葉に嘘はなく本当のことだと分かってはいたが、いざその事実を目の前に突き付けられるとやはり驚きがある。


 ペットが言語を学んで理解して、自力で魔導書を読み漁るだけでも驚愕なのに、恐ろしい速度で魔法を習得して成長していく。

 転移魔法こそ己の力として必要だったため習得に勤しんだが、心美は基本的に魔法は苦手だと思っている。

 そんな中で魔法を使いこなす相棒の存在はとても頼もしいものだった。


「ユキちゃんってやっぱり魔法の才能がありますよねー」


「そうね。あの子は努力ができる天才よ。魔法をあまり使えない私としてはとても誇らしいです」


 ユキは覚えたい魔法を見つけたらそれを習得するために努力を積み重ねる。

 それを知っている心美はそれを才能の一言で片づけることはしない。

 そんな絶えず努力を続けることができる彼女は心美の誇りだ。


(ねえ、一緒に飛ぼうよー! みんなでお散歩しよー!)


「って言われてますよ?」


「それは私にも飛べということですか? 無茶を言ってくれますね」


「それでも仕方なく付き合ってあげるところ、結構好きですよ。せっかくなのでスカーちゃんも一緒に行きましょう」


(えー、抱っこ)


 心美はユキの無茶ぶりに呆れて頬を引きつらせる。

 しかし、ユキに甘いところがある心美はその無茶にも応えてやろうとなんだかんだ思ってしまう。

 そんな心を見透かされたのかアオバは笑顔を見せた。


 みんなでというオーダーを叶えるためにアオバはスカーに呼びかける。

 スカーは相変わらず気だるげに影から身体を出すが、付き合ってくれるようでその身をアオバに預けた。


 スカーを抱えたアオバはふわりと浮き上がり、楽しそうに旋回しているユキの隣に飛び立ってしまう。


(早く、早くー!)


「置いていきますよー!」


「……まったく、ちょっとだけですよ」


 ここで彼女達がどこかへ行ってしまうのを見てるだけなのも癪だ。

 ユキはみんなでと口にした。

 そのみんなの輪の中に自分もいたいと思うのは当然の事だろう。


 そこに至る手段はある。

 ただ、ほんの少しだけ好きじゃないというだけで。


 だが、そんな下らない意地で置いていかれるのも本意ではない。

 どちらにせよ心美に残された行動の択は一つ。

 唯一自分が得意とする魔法。

 それを使用して、心美は天を駆け上がった。


「これ、肉眼の視界がかくかく揺れるし、魔力もガンガン使うのであまり好きじゃないんですよ。なので本当に少しだけですよ」


(分かってるよー。それじゃ、しゅっぱーつ!)


 心美の行っていることは単純。

 空中での連続転移だ。


 心美がやっている同じ場所に留まり続ける技は視界を常に固定することができて初めて成立する。

 見ている場所に転移できるテレポートでは一度の転移で視界が切り替わり、同じ場所に留まることは難しい。


 だが、心美の千里眼は常に視点を固定して、俯瞰的に眺めることができる。

 転移し、身体が落ちていく前に転移を重ねて同じ場所に留まり続けるという荒業だ。


 ユキ達はゆっくりと泳ぐように宙を滑っていく。

 心美はその集団――――アオバを千里眼に収めて、その座標を補足して連続転移で横移動していく。

 はたから見れば心美の姿だけ途切れ途切れの映像のようにブレて見えるのだろう。

 それでも少し遅れる程度でアオバ達に追従できている。


(ココミはそれ、あんまり好きじゃないって言うよね。何で?)


「何でって……千里眼を速いスピードで動かし続けるのはジェットコースターに乗っているみたいな感覚になってしまって酔っちゃうんですよ。私、絶叫系はあまり得意じゃないので」


(ジェットコースター? 絶叫系? 何それ?)


「まあ、端的に言ってしまえば空中でものすごく早く動くことです。私がテレポートで空を飛ぶように動き続けるには、そう見えてしまうってことです」


「今はボク達に合わせてゆっくり動いてるから大丈夫ってことですか」


「そういうことですね」


 心美が空中での連続テレポートを好まない理由。

 それは絶叫マシンを彷彿とさせるから。

 実際に身体はそれ程早く動いてはいない。

 何なら点と点の移動なので絶叫マシンには程遠い。


 だがその動きを繰り出すのに必要な視野の確保、視点の移動はそうではない。

 早く、遠くに跳ぼうとすればするほど、千里眼の瞳で獲得した視野を動かすスピードは速くなる。

 その目にかかる負担はジェットコースターのそれと似ている。

 だから心美は空中転移をあまり使用しない。


 だが、今はユキやアオバも本来出せるはずのスピードを制限して心美に合わせてくれている。

 これなら酔うことなく転移ができる心美は、相変わらず不可解な動きで彼女達の後を追った。


 そうして数分、空の旅を楽しんだ心美はユキやアオバに一言入れて一足先に地面に降り立った。

 好きじゃないという理由で、克服に乗りきらなかった空中転移。

 改めてやってみて、自在に飛べる事の利便性を感じた心美は、頻度は多くはないがまた空を散歩しようと約束した。

 それを聞いたユキとアオバは、とても嬉しそうに笑顔を輝かせるのだった。

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