新たな瞳と裏技移動手段
ムラトングトカゲを手に入れた心美はルミナスと合流した。
そのころにはルミナスの客星草の成分抽出作業も終了しており、片付けの済んだ状態で待ち構えていた。
心美がムラトングトカゲの尻尾が入った鞄を差し出すと、驚いて喜んだ。
だが、そのまま作業に映るには簡易的な設備では足りない。
移動時間のことも合わせるとそろそろ引き上げた方がいいとのことで、二人はレヴィン家へと戻っていた。
「まさか一日で二つも手に入れられるなんてさすがココミさんです! 本当にありがとうございます!」
「いえ、こういうのは適材適所でしょう。ここからはルミナスさんの腕の見せ所ですね」
「はい、任せてください!」
トカゲの尻尾が入った鞄を宝物のように抱きしめてニマニマしているルミナスと別れた心美は己の取る行動に悩んでいた。
「さて、自室に戻ってユキをモフモフして癒されるか、それとも……いえ、今はそちらが先決ですか」
久しぶりの外出で少なからず疲労もある。
早めに疲れを癒して英気を養うのもよい選択だ。
だが、心美は今回の採取に思うところがあった。
ルミナスの思考で薬の材料に必要なものはすべて心美の転生したあの森で見つけられることが発覚した。
二つは見つけることができ、残りは二つ。
それらを探すために再び森に赴く機会も増えるだろう。
「移動に時間がかかりすぎなのよね」
心美の思うところ、それは森に至るまでにかかる時間。
そしてその移動方法だった。
「私があそこに行くには馬車に乗る必要がある。そして私は御者をできない……これは致命的ですね」
その代わりの移動手段を心美は求めている。
そして、前世の知識に心当たりはあった。
「転移魔法……これが存在するか。そして使える人がいるか。彼女に聞いてみましょう」
魔法の一種を口にした心美は、現状の知り合いでその道に一番詳しそうなキリエの元を訪ねに向かった。
♡
「なるほど、事情は分かったわ。でも、一つ聞いていいかしら?」
「はい? 何でしょう?」
「どうしてそれを私に聞きに来たの? 私は司書であって魔法使いという訳じゃないのよ?」
「でも魔法が使えるじゃないですか」
心美は書庫を訪れ、要件をキリエに話した。
キリエはいきなり現れて話をし始めた心美に驚きの表情を見せたが、話を最後まで聞いた。
そしてその話に理解も示した。
行きたい場所と移動手段。
それに伴い発生する人員と労力。
どれも不合理すぎると頷いた。
しかし、一点のみ理解できなかったこと。
それは専門の魔法使いではない自分に魔法の事を訪ねてきたのかということだった。
「頼れるのはキリエさんだけだったんですよ」
心美の交友関係は非常に狭い。
特に魔法という未知の分野においてはそれに精通する知人はおらず、これまでに魔法を使って見せてくれたのはキリエだけ。
そうなると心美が頼るのも必然的にキリエになる。
頼れるのは自分だけ。
そんな言葉を恥ずかしげもなく言う心美にキリエは馬鹿じゃないのと見え見えの照れ隠しを口にし、仕切りなおすようにわざとらしく咳き込んでから話し出した。
「あんたの言ってる魔法なら存在はするわ。転移魔法、テレポート。けれどこの魔法にはいくつかの分類がある。そのうえで言うけど、残念ながらココミの思うようなテレポートが使える人はこのレヴィン家にはいない」
「……やはりそうですか。でも分類とは?」
「あんたが思い浮かべてるのはどこにでも好きな所へ転移できるテレポートでしょ? そんな貴重なテレポーター、そうほいほいいるもんじゃないわ」
キリエは面倒くさそうな態度とは裏腹に、丁寧に説明を始めた。
心美の想像していた転移魔法テレポートは彼女が指摘した通りどこでも好きなところにいける、ゲームなどでもおなじみのものだ。
マップを開いて特定の場所を選べばすぐさまその場所に着く。
そんな都合のいい転移はないわけではないが、相当に珍しいらしい。
「大まかに分けて転移魔法は三つに分けられるわ。一つはさっき言ってたほぼ無制限の転移。二つ目は似たようなものだけど、転移先を登録するタイプの転移。そして三つめは……これよ」
そう言ってキリエは懐から何か巻物のような物を取り出して開く。
その瞬間、キリエの姿がふっと心美の前から消えた。
「こっちよ。これがテレポートの初歩。視界内への転移。二つ目のテレポートのさらに限定的にしたものだと思ってもらえたらいいわ」
後ろから声をかけられ心美が振り向くと、ちょっとした悪戯が成功した時のような笑みを浮かべたキリエが立っていた。
「なるほど……二つ目はマーカーを目印にして転移。三つめは視界で転移先の位置情報を補足して転移……ということでしょうか?」
「あんた、魔法の事知らなかったくせに変な所で理解力高いわね……。でもまあ、多分そんな感じよ。私もそこまで詳しくはないけど、大体こんなもんだって認識してくれたらいいわ」
「ありがとうございます。先程キリエさんが使った巻物のようなものは何ですか?」
テレポートについて大まかな説明を受け、ゲームの知識などから推測し、照らし合わせてなんとなく理解はできた。
次に気になったのは、キリエが転移前に取り出した巻物についてだ。
「これはスクロールよ。一回きり、使い捨ての魔法ね。これにはさっき説明した三つ目……視界内に転移するテレポートが込められていたの」
「スクロール……。使い捨ての魔法」
「そう。これは魔力を込めるだけで発動できるから魔法が得意じゃない人でも簡単に使えるわ。あんたも試してみる?」
「いいんですか? ではぜひ……!」
キリエは懐からもう一つスクロールを取り出してキリエに手渡す。
「初めは何か物とか人を起点にしてやってみるといいわ。そうね……私の横に行くことを意識してみなさい」
「はい! 行きます!」
心美はそう意気込んで力を籠める。
――――しかし、何も起こらず、心美は依然変わらずその場に佇んだままだ。
「おかしいわね。もしかしてあんた、魔法の才能全くないわけ?」
「……あのー、魔力ってどうやって込めるんですか?」
「あー……」
何も起こらないことにキリエは驚愕の表情を浮かべ、心美の魔法における才の無さを疑ったが、おずおずと手を挙げ行われた申告を聞いて妙に納得したような声を出した。
キリエは普段から魔法を使っている。
それゆえに魔力の扱いは身体の一部と言っていいほど慣れていたが、ついこの間初めて魔法を知った心美にとってはそうではない。
魔力の存在も認識していないのに魔力を扱えというのはとても厳しい話で、使い方も分からない道具を手渡されて使いこなせと言われているようなものだった。
「手、出しなさい」
「……? はい」
「今からあんたに魔力を流すわ。それで魔力を認識できるはずよ」
そう言ってキリエは心美の手を握った。
その握られた手から何かが流れ込んで、ゆっくりと循環していく。
心美はそれを確かに感じて認識した。
「どう? これで魔力が分かった?」
「はい、はっきりと
「は? 見える?」
「え? 違うんですか? キリエさんの手から私に流れ込んでくるのが魔力……ですよね? 淡い光のようなものがちゃんと見えてますよ?」
心美はキリエから流されて、自分の身体を巡り始めた魔力を視認していた。
淡い光がゆっくりと流れ動く。
それをキリエは信じられないと言った様子で聞いていた。
だがふと心美の顔を覗くとあることに気付く。
「あんたのその左目……薄く光ってるのと何か関係があるのかしら?」
「え……あ、本当ですね。光ってます」
キリエの指摘の受け自分の顔を千里眼で真正面から見て確認する。
すると心美のオッドアイの左側。碧眼の瞳が淡く光りを放っていた。
「多分これですね。自分の身体なのでなんとなく分かります。これは魔力が見える眼です」
「そう。つくづく便利な目ね。魔力を感知するんじゃなくて、実際に見えるなんて……魔法使いが聞いたら羨ましがるわね」
「え、どうしてですか?」
「その話はまたあとでしてあげるわ。魔力を認識できたならそのスクロールを使ってみなさい」
「分かりました。やります」
そう言って心美は手にしたスクロールに魔力を込める。
次の瞬間、見ていた景色は変わり、キリエの真横に立っていた。
「できたわね。これでスクロールならあんたでも使えるってことが証明されたわ」
「ありがとうございます。ですがキリエさんはなぜこのテレポートのスクロールを持っているんですか?」
「…………トイレが間に合わない時のためよ。言わせないでよ、恥ずかしい」
心美の素朴な質問にキリエは少し顔を赤らめ、目を逸らして小さく呟いた。
まさかそんな理由で所持していたとは知らずに悪いことを聞いてしまったなと申し訳なく思う心美を、キリエは恥ずかし気に睨みつけていた。
そんな気まずい雰囲気を打破するために心美は話題を振る。
「ですが、見えている場所への転移でも十分実用性はありそうですね」
「……そうね。ちょっとした方向転換やとっさの距離調整。戦闘に利用する冒険者もいるって聞いたことがあるわ」
「なるほど……見えている範囲。見えて……いる所……? キリエさん! スクロールをもう二つもらってもいいですか!?」
「別にいいけど……あら、どこに行ったのかしら?」
スクロールを受け取るや否やテレポートで姿を消した心美。
心美はキリエの正面に立っていたため、視界はその後ろに広がっている。
キリエは初めに自分がやってみせたように背後への転移を行ったのだと思い振り返るが、そこに心美の姿はない。
どこへ消えたのだろうかと不思議に思っていると、ちょうど心美の姿が現れた。
「あんた、どこに隠れてたのよ」
「ちょっと町の外まで行ってきました」
「はあ? 何訳の分からないことを言ってるの? ここから町の外なんてどれだけの距離があると思ってるの? 視界内に転移するテレポートで行ける……訳が……あんた、まさか!? その千里眼で!?」
「ご名答です。町の外でも私には見えている場所。まさかこのスクロールがこんな使い方ができるなんて……最高です!」
「……あんた、意味不明ね」
心美は魔力を見る左目を確認する際に右手の千里眼を開いていた。
キリエに振った会話からある可能性を見出して試しに行ってみたが、それは大成功だった。
見えている所への転移。では、千里眼で見えている所への転移はどうなるのか。
心美は受け取ったスクロールを一つ消費して、町の外へと転移した。
それは問題なく成功した。やはり見えていることが条件のようで、心美はその条件をクリアしていた。
こうして千里眼で見えている位置への転移も可能であることを確認して、二つ目のスクロール使って戻ってきたのだ。
「キリエさん、このスクロールはどこに売っているんですか? あと、在庫があるなら少し分けてもらいたいのですが……!」
「あんたのことだから当然そう言うわよね。スクロールもまだまだあるから好きなだけ持っていきなさい」
こうして心美はキリエからスクロールを半ば強奪するように大量に入手し、販売しているお店の事も聞いてとても満足したように書庫をあとにした。
一方キリエは、
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