ノルマ達成率50パーセント
調合やら抽出やらとぶつぶつ呟きながら、作業に没頭していくルミナスの邪魔をしないように静かに離れて、心美も木の陰へと腰を下ろした。
何か手伝えることがないか尋ねようかとも考えたが、ルミナスが行おうとしていることに素人が手を貸せることはそれほど多くない。また、自分は残りのまだ見つけられていない材料を探す方がよっぽど力になれると判断しての別行動だ。
とはいえ、やることは変わらない。
いつも通り、これまだ通り、瞳を開き見るだけ。
「さて、あと三つ……まずは一番厄介なトカゲさんから探しましょうか」
心美がターゲットに決めたのは、ムラトングトカゲ。
客星草は運よく早い段階で見つけることができたが、それでも発見にはそれなりに手間取った。
緑の中から緑を探し当てるというのは、心美の千里眼をもってしても中々に至難の業だったのだ。
ムラトングトカゲも保護色による擬態で見つけにくいことには変わりないが、所詮は擬態。
周りに溶け込むように体色を変えていても、己の瞳は誤魔化せないという自信。
そんな根拠のない理由で、ムラトングトカゲをターゲットに定めた心美だったが、視界を飛ばし始めて数分、成果は現れた。
「ああ、まさかこんなに早く見つかるなんて……ですが本当に見えにくいですね。気を抜くと見失ってしまいそうです」
トカゲの立場では誰かに見つかったわけでもない。
それほど保護色にも力を入れていない状態だろう。
それでもそこにいる事を認識するのにかなりの集中を用いる。
俯瞰して見ていなければ少し動かれるだけでとうに見失ってしまっているだろう。
「ですが、一度見えてしまえばこちらのものです」
一定の距離を保って見ていれば、違和感を感じ取ることはできる。
心美は見失わないと確信を得たところで片目を開いた。
「ルミナスさんは……忙しそうですね。置手紙をのこして行きましょう」
黙って離れて心配されるのもまずいと考えたが、集中しているルミナスに声をかけて作業を中断させるのもよくないと思い、置手紙をおいてそっとその場を離れる心美。
トカゲを見失わないように片目に千里眼の視界を残したまま、懐かしの森へと足を踏み入れた。
♡
森に入り迷うことなく足を進める事数分。
千里眼ではなく、心美の肉眼がムトラングトカゲの姿を捉えた。
だが、その姿は一瞬で心美の視界から掻き消えた。
トカゲが見つかったことに気付き、警戒度を引き上げ擬態のレベルを引き上げたのだろう。
だが、心美に焦りはない。
肉眼から消えても千里眼はまだその姿を収めている。
そして――――見えないものを見る瞳はもう一つある。
「もう手遅れよ。あなたの姿は見失っても、あなたの心はそこにある。心がそこにある限り私からは逃げられないわ」
心を読む瞳を胸元に浮かせる心美に、もうトカゲの姿は見えていない。
しかし、心がどこから見えているかは分かる。
必死に逃げ隠れようとしても、心の存在が位置を明らかにしてくれる。
心を静めて身をひそめることができれば心美を撒くこともできたかもしれないが、焦燥に駆られて心を乱す一方では決して逃れられない。
(どうしてこの人間は追いかけてこられるの?)
「ふふ、それはね……あなたの声が聞こえているからよ」
そんな心の声に心美は薄く笑い返事をする。
その声を聞いて恐怖を強めたトカゲは身体を震え上がらせて、擬態の精度も綻んでいた。
(ちょっと意地悪しすぎたかしら?)
焦り、不安、絶望。
そんな心を読んでやりすぎたことをほんの少しだけ申し訳なく思う心美。
トカゲからすればこれは危機なのだが、心美はトカゲを捕まえるつもりはない。
ほんの一つお願いを聞いてもらえればそれでいいのだ。
「脅かしてしまってごめんなさい。私は助けたい人がいるからあなたの尻尾がほしいの。どうか分けてもらえないかしら?」
(……いいよ。それで見逃してくれるなら……)
トカゲからしてみれば破格の条件だろう。
いくらでもというと語弊があるが、再生できる尻尾を差し出せばそれですむ。
いそいそと身体を動かして尻尾を切り離すと、そのまま一目散に逃げるトカゲ。
心美は約束通りそれを追うことはなく、尻尾が消滅する前に急いでルミナスから借りた入れた物の状態が保存される鞄にしまい込む。
「これで半分。まだ先は長そうね」
それでも着実に成果は出ている。
安心したように呟いた心美は、ルミナスの元へと戻るのだった。
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