重複開眼ノーマルモード

「……よく寝ました。あなたたちも起きてください。私が動けません」


目を覚ました心美は感じる重みと温かさで今の状態を察した。

お腹に乗っているユキと、脇で眠るスカーの身体を優しく撫で起床を促す。


(おはよ、ココミ。少しは元気になった?)

(う……ん……あと五十年……)


「おはようございます。おかげさまでよくなりました。この通り瞳もわずかですが開きます。あなたたちの心を読む分には問題ないでしょう。そしてスカー、それはお寝坊さんが過ぎるわ……って遅かったわね」


心美の呼びかけにさっと動き出し、お腹の上からどけたユキは心美に語りかける。

眠りにつく以前は開かなかった瞳がうっすらと開いており、その心を読み取ることができた心美は、挨拶を返し体調の回復具合を確認する。

その一方で、もぞもぞと動き影の中へ逃げたスカーは、規格外の睡眠時間を所望している。

心美は呆れた様子で咎めようとしたが、一足先に彼女の世界影の中に入ってしまった。


「さて、ジュエルローズを取って帰りましょう。あまり遅くなると心配されてしまいます」


(あっ、ココミ。足は大丈夫なの?)


「痛みますが歩けないほどではありません。こういう不測の事態に備えて簡易的なものでもいいので回復系の魔法が込められたスクロールも買っておけばよかったかしら?」


心美は怪我した足をかばいながらゆっくり立ち上がった。

やはりまだ痛むのだろうかとユキが心配そうに心美を見上げる。


心美はスクロールを買いあさっていた時に回復系統の魔法が込められた物も見かけていたが、自分には必要のないものだと決めつけて手に取ることはなかった。

もしその必要性を考慮して買っていたら。なんてたらればの事を考えても先の事は分からない以上結果論だ。

それでも、この怪我が招いた集中力の欠如は致命的だったので、対応できる一手を見逃したという点では大きな反省点だろう。


(あれ? そっちの瞳はもう大丈夫なの?)


「そっち? ……ああ、千里眼ですか。こちらにも大分無理を強いてしまいましたね」


ユキの視線の先にあった閉じた瞳を両手で優しく包み、大切な者をしまい込むように手のひらに戻す。

千里眼も問題なく開く。それを確認して今更ながらあることに気付く。


「瞳が二つ開いてる……。無茶による一時的なものだと思っていましたが、私にとっては嬉しい誤算ですね」


(私も嬉しいよ。千里眼を使う時でもおしゃべりできるってことでしょ? でも、大丈夫?)


「そうですね。私の感覚なので正確には分かりませんが、瞳の重複使用は負担も今までより大きいでしょう。ですが記憶を読んでいたあの時と違って思考を読むだけならば千里眼との同時使用もある程度は可能です。今は常時という訳にはいかないでしょうが、慣れさせれば問題なく使える……と思います」


(ん、そっか。また無茶はしないでね)


「はい。今は閉じておきましょう」


心を読みながらもなお開き続けている千里眼の瞳。

傷付くことを覚悟して、無理やりこじ開けた二つ目の瞳がまだ開いていることに驚いた心美だが、一時的ではなく今後も己の意思で二つ目を開けるのなら願ってもない話だ。

だが、今無理を重ねるのは得策ではない。


自分の身体の事は自分が一番よく知っているという訳ではないが、瞳の事に関してはそれなりに感覚で理解できる心美。

二つの瞳を同時運用した際の状況を思い起こし、己の感覚を信じ仮説を立てるならば、やはり二人分ユキとスカーを読んでいたことが甚大なダメージの要因だと考えた。


そのため同時開眼し、心を読みながら千里眼を使うだけならば現状でも不可能ではない。

常時運用にはまだ不安が残るが、徐々に慣れさせていく事で問題なく使えるようになるだろうとユキに説明した。

今は同時開眼も可能になったという事実を飲み込んで、心美は酷使した千里眼の瞳を休めるために閉じたのだった。

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