白い狐が仲間になりたそうにこっちを見ている
「さて、そろそろ到着ですね。ふふ、どうやらあの子もまだいるみたいです」
両手で木の実を抱えた心美は安堵したように呟いた。
川の音も近くなり目的地が近づいたところで視界だけ一足先に飛ばして確認をするとそこにはまだ白い狐がいた。
目を覚ました狐は何かを探すようにうろついている。
「もしかしたら私を探してくれているのでしょうか?」
そうだったら嬉しいなどと思いながら心美は少し早足になる。
そうして狐を目視できる距離に近づき、浮かせている瞳を閉じ、額の瞳を開くと声が聞こえた。
(どこに行っちゃったの?)
「すみません、ただいま戻りました」
心美は不安そうにおろおろしている狐に後ろから声をかける形となった。
その声に反応した狐はすぐに振り向き、ぴょんぴょんとかわいらしく駆け寄った。
(どこ行ってたの?)
「朝の運動がてら食料調達に行ってました」
(どうして黙って行っちゃうの? びっくりしたんだよ?)
「ごめんなさい。あなたがあまりにも気持ちよさそうに寝ていたので起こすのも忍びなくて……」
(それでも一緒に行きたかったよ!)
気を利かせて起こさないようにしたのだが逆効果だったようで、狐は共に行動したかったことを主張した。
しかし、心美も眼を使う以上行動に制限はかけられない。
本当だったら連れていきたい狐を連れて行かなかった理由がもう一つある。
「今の私は瞳を一つまでしか開けません」
そう言って心美は二つの眼を体の前に浮かせた。
その瞳は片方が開くともう片方が閉じる。またその逆も然りで二つが同時に開くことはなかった。
「私は森で迷子になったら困るから千里眼を開いて行動している。だけどその間もう一つの眼は開けない。つまりあなたの声を聞くことができないのよ」
(えっ? そうだったの?)
厳密には不可能というわけではない。
だが、瞳の切り替えが必要ということは、飛ばしている視界を切らなければいけなかったり、心を読むのが途切れ途切れになったりといろいろと中途半端になりかねない。
デフォルトにしておきたい心を読む瞳を閉じるということで可能だった意思疎通も一方通行なものになる。
会話が突然切れる、言いたいことが伝わらない状態をよく思わないかもしれないという気遣い。それがもう一つの理由だった。
「今はこっちの瞳を開いていられるけれど、閉じている間あなたは退屈でしょう? だからお留守番してもらおうと思ったのよ」
(そうだったんだ。分かった、怒ってごめんね)
「気にしなくていいわ。それよりお腹が空いたから朝ごはんにしましょう。一応あなたから聞いた特徴の物も採ってきたけど、食べられないものがあったら避けるから教えてね」
(うん! ここにあるのは全部大丈夫だよ!)
気を取り直して食事の時間だ。
心美は採ってきた物を川の水で軽くすすぎ、同様にすすいだ大きめの葉っぱの上に並べた。
「いただきます」
(いただきまーす!)
心美たちは木の実をかじる。
ここにきて二度目の食事だが、この白い狐のおかげで恐る恐る食べる必要がなくなったのは大きい。そう感じながら心美は狐を見やる。
昨日と変わらずいい食べっぷりで木の実を食べ進めていく様子に思わず笑みが漏れた。
そんな視線に気が付いたのか狐は心美の顔を見上げた。
(そういえばお姉さんの名前って何て言うの?)
かわいらしい鳴き声と共に発せられた心の言葉。
心美はそれを聞いて今更ながらハッとした。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。じゃあ改めて、私は高梨心美。よろしくお願いしますね」
(タカナシ……ココミ……。うん、よろしく、ココミ!)
「ええ、よろしくお願いします。私はあなたを何と呼べばいいのでしょうか?」
食事中ではあるが自己紹介が発生したいい機会だ。
せっかく打ち解けることができたのだから心美だってこの白い狐を『あなた』や『狐さん』のようなよそよそしい呼び方は気が引ける。
(私に名前はないよ。せっかくだしココミが付けてよ)
「いいのですか?」
可能性としては考えていた。野生動物である以上名を持たないかもしれない。
案の定というべきだろうか、白い狐は名を持たない。
だからこそ言葉が通じ、話し合える心美に命名を委ねた。
「そうね。何のひねりもないけれど、あなたは雪のように白いからユキ。どうかしら?」
心美はペットを飼ったことはない。
それでも名付けの想像は何度かしたことがある。
例えば猫に名付けるなら三毛猫ならミケ、島縞模様ならシマと身体的特徴をそのまま名前にしたがる傾向にある。
白いからシロというのも考えたが、なんとなく犬っぽい名前のような気がして考え直した結果がこれである。
俄然シンプルなのは変わらない。
だが付けられた当事者が喜んでいるのだから何の問題もない。
(ユキ! いい名前だね! ねえ、もう一回呼んでよ!)
「ユキ。これでいいかしら?」
(もう一回!)
よほど気に入ったのか何度も呼ぶことをねだる。
尻尾をぶんぶん振り回して喜びを表現する様子はまるで犬のようだ。
「ユキ。食事中に騒がない。もしあなたが私といてくれるならこれから何度だって呼んであげられるわ」
(うん! 私ココミといるよ!)
「じゃあまずはご飯を済ませましょう。その後に私と一緒に探検よ」
そう言って白い狐改めユキを落ち着かせる。
だが、ココミの表情もどこかほころんでいた。
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