開眼少女は異世界でスローライフがしたい~転生したら瞳が増えて色々なものが見えるようになりました。心も見通せるようになったのでモフモフなペット達の心を読んで人里離れた森の奥で自由気ままに暮らします!~

桜ノ宮天音

第一章 転生したら見えるものが増えました

転生は突然に……?

「じゃがいも、人参、玉ねぎにお肉……これで全部ですね!」


 制服を身に纏った少女は買い物かごを片手に歩く。

 買わなければならないものがメモされた紙を見て、書かれているものがすべてかごに入っていることを確認してレジへと向かう。

 彼女の名前は高梨心美。

 高校の帰りに母から頼まれたおつかいを遂行するために帰宅途中の道にあるスーパーに寄った彼女だったが、メモに書かれた内容から今晩のメニューが何か察しがついて機嫌がいい。

 無意識に鼻歌を歌いながら会計をしてもらい、何気ない幸せを噛みしめながら帰路についた。


 だがそんな幸せは急激に終わりを告げる。

 心美は交差点に差し掛かった。

 信号はちょうどよく青に変わったため立ち止まることなく歩く。


 そんな彼女の耳に何かを擦るような大きな音が届いた。

 青信号を渡っているはずの心美に向かって大型のトラックが突っ込んでいる。


「あ…………」


 そのことに気付いた心美だったが、突然の出来事にパニックを起こしてしまった。

 迫りくる金属の塊に足がすくんでしまい動くことができなかったのだ。

 心美は恐怖で目をつぶった。

 その瞬間、ブレーキ音虚しくトラックは心美の身体に接触し、鈍い音と共に彼女の小さな身体を簡単に吹き飛ばした。



 ドッと打ち付けられた身体。

 視界を覆う赤。

 そんな非日常を認識する間もなく、心美の意識は薄れていく。

 徐々にぼやけていく景色。

 シンと静まり返った世界が音を取り戻す。


 誰かが駆け寄り心美に何かを呼び掛けている。

 しかし、身体中を駆け巡る痛みに苦しむ彼女にとって周囲から発せられる音はもはやグニャグニャとした気持ち悪い雑音だった。


 何を言われているか分からない。

 わずかに残った最後の力で首を少し動かすと、買い物のため母から渡されていたメモ用紙と、エコバックから零れ落ちたリンゴが見えた。


(……おかあ……さん……)


 不意に頭をよぎったのは、朝家を出る時に笑顔で見送ってくれた母の顔。

 心美の目から一筋の涙が頬に伝う。

 その後ぐったりと力を失い、繋ぎ止めていた意識も刈り取られた。


 ♡


 心美は眩しさを感じてゆっくりと目を開いた。

 最後の記憶はある。目を開けたら病院の病室で寝ていて、知らない天井が第一に目に入るのだろうか、なんてことを考えながら開いた瞳が天井という無機物を観測することはなかった。


 それどころか広がるのは綺麗な緑と青。

 心美は状況が理解できずに茫然とした。


(私は事故にあった。あのトラックに撥ねられたのは間違いないでしょう。誰かが救急車を呼んでくれて奇跡的に一命を取り留めた……というのはなさそうですね。では、ここはどこなんでしょう?)

 ゆっくりと思考を巡らせる。

 交通事故に遭った心美が目を覚ますならば、そこは恐らく病院であるはずだ。

 それなのになぜこんなにも緑豊かな自然に囲まれて、透き通る青空を眺めているのか。

 混乱する頭で考えても答えは出ない。


「あれ……痛くない。あんなにひどい怪我だったのに……」


 無意識のうちに身体起こして目を細めてきょろきょろと辺りを見渡す心美だったが、そこで初めて身体が痛くないことに気付いた。

 大型トラックの衝突。

 ブレーキによる減速があったとはいえ、心美を軽々と吹き飛ばした衝撃は決して小さいものではない。

 さらにアスファルトに強く打ち付けられた衝撃で甚大なダメージを負った。

 トラックの衝突で小さな身体はいとも簡単にひしゃげ、骨だって折れていたはずだ。


 もう助からないと察せてしまうほどには致命傷だった。

 しかし、意識を失う前にあれほど感じていた痛みが今はこれっぽっちもない。

 心美は訳の分からないまま立ち上がる。


「どうなっているのでしょう?」


 混乱はさらに加速する。

 差し当たってはここがどこか知りたいところだが手掛かりは何もない。

 ゆっくりと歩いて地面を踏みしめ、足に伝わる感触で自分が幽霊などではないことを確認してますます不思議に思う。


「やはり私は死んでしまったのでしょうか……?」


 ちゃんと足がついている。

 けれど、もし自分が生きていたならばこんな大自然の中で目を覚ますはずがない。

 あれほどの事故だ。少なからず何かしらの医療機器に繋がれていなければいけない。

 そう考えると自らに訪れた死の存在がより濃いものになり、一層不安と焦燥に駆られる。


「どうしましょう? 私はもう……いや、これはきっと夢よ。そうに違いないわ」


 まだ決まったわけではない。

 夢であると信じたい。

 しかし、覚めてほしいと願っても決して覚めることはない。

 何故ならこれは現実だから。


「い、嫌です! そんなの絶対嫌っ!」


 嫌な予感というよりはほぼ確信に近いが、心美は思わずその場から逃げ出すように駆けだした。

 嫌な思考から逃れるためにただただやみくもに足を動かした。


 どこへ向かうかも分からないまま走る。

 夢ならば早く覚めてとひたすらに祈って。

 だがそんな祈りも儚く散って、心美は息が上がってしまい足を止めた。


「はぁ……はぁ……」


 急に行われた激しい運動に身体は悲鳴を上げ、肺は酸素を求めて胸を上下させる。

 そうして呼吸を落ち着かせていると、近くからさらさらと何かが流れている音が聞こえてきた。


「この音……水?」


 心地よい安らぎの音に心美は、もしかしてと思いのする方へ進んだ。

 すると少し歩いたところに川が流れていた。


 川の水をそのまま飲むのは危険だが、火照った身体をクールダウンさせるのにはちょうどいい。

 足でも付けたらきっと冷たくて気持ちよいだろう。

 そんな思考の元、心美は水を手で掬おうと川の近くへと寄った。


「えっ……」

 手を伸ばした瞬間、水面に映る自分と目が合った。

 その姿を見て心美は驚きのあまり固まってしまった。


「なに……これ? これが私なの?」


 これまで何度も鏡で見てきた己の姿。

 今朝だって見てきたはずだから決して見間違うはずもない。

 しかし、水面に映る姿は心美の知る己の姿ではなかった。


 日本人らしい綺麗な黒髪はコスプレでもしてるのかと錯覚するほどの銀髪になっている。

 黒かったはずの瞳はまるでカラーコンタクトを付けているかのように左右で異なる輝きを放っている。

 以前の面影はきちんと残っているが、やはり大きく変化してしまっている。


 長めの髪の毛は水面で己の姿を確認する前より視界にちらついていたのかもしれないが心に余裕のない心美は気付けなかった。

 恐る恐る自分の髪に手を伸ばし、さらりと撫でると、映る心美も同じ動作をしてみせた。

 その姿を信じられないと言った様子で目を離せずにいた心美。


 そんな時ふと強めの風が吹いて彼女の長い髪を舞い上がらせた。

 ほんの一瞬だが、露になった額。

 そこにあるはずのないものが存在していたことを心美は見逃さなかった。

 今度は自分で髪をわけてそれを見る。


「眼…………?」


 銀髪の下にかすかに見えたそれは、三つ目の瞳だった。


「そっか。やはり、そうなんですね」


 それの観測により心美は認めた。認めざるを得なかった。

 認めてしまったことで必死に振り払っていた感情は容赦なく訪れる。

 声にならない嗚咽と共に、いくつかの波紋が水面を静かに揺らしていた。

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