精霊術ガーデニング

 アオバが仲間に加わり、数日が経った。

 森の中に建てられた家ということで自然をより感じることができ居心地が良いのかアオバものびのびと生活している。


 そんなある日、心美はアオバを連れて森の中を散歩していた。


「んー、気持ちいいですね。天気もいいですし、何より自然がいいです!」


「やはり、場所によって体調などが異なるんですか?」


「精霊は自然の象徴なので意外と環境の変化には敏感なんですよ。あ、そうだ。ここら辺に薔薇を咲かせたらもっと快適に過ごせますよ」


「パワースポットのようなものですか。まあ、この森に関する権利は私が持っていますし、伐採などの自然を殺す行為でもないので問題ないと思いますが……環境を塗り替えるのもよくないのでもし咲かせるなら自宅近辺に留めてくださいね?」


「えっ、いいの? やったー!」


 自然に囲まれた環境を心地よいと嬉しそうに話すアオバだったが、そこに薔薇があればもっとよくなると口を尖らせる。

 これまで薔薇に囲まれてきたアオバにとって現在の環境は不満はなくとも、少しばかり物足りないと感じる部分もあるのだろう。


 しかし、その物足りなさを解決する手段はある。

 心美という契約者を得て、己の行使できる力の容量が上昇したことで、アオバにとって自身の象徴である薔薇を咲き誇らせることなどお茶の子さいさいだ。

 なんとなく口にしてみた希望が通り、心美の許可が得られたことでアオバは目を輝かせて小躍りして跳びはねている。

 無意識に周囲に青薔薇の花弁が舞ってしまうほど、喜びの感情が溢れているのだろう。


「そうですね。せっかくなので私も一緒にやりましょう。その時にあなたの力の使い方、教えてください」


「もちろんです! さぁさぁ、そうと決まれば善は急げですよ。早く帰って取り掛かりましょう」


 すぐざま踵を返して元来た道を駆けだすアオバ。

 心美の方を振り向いては早く早くと大袈裟に身振り手振りで帰宅を促すアオバに、心美は困ったように笑う。


「そう? じゃあ、これで帰りましょう」


 心美は右手を掲げて、反対の左手をアオバに差し出した。

 開く瞳が何を見るか。

 これまで心美を見てきたアオバはすぐに理解でき、はにかんでその手を取った。


「テレポート」


 ふっと二人の姿は掻き消える。

 視界内への転移という本来ならあまり使われない魔法と、千里眼の組み合わせ技。

 その反則じみた疑似長距離転移で、心美とアオバは即時に帰宅するのだった。


 ♡


「薔薇を咲かせていい範囲はこのくらいですね。本当に自宅近辺だけですが我慢してください」


「十分すぎますよー。それにしてもその瞳は便利ですね」


「ええ、私もそう思うわ」


 心美はテレポート後も継続して千里眼を開いていた。

 上空から自宅と自分を視界に収め、おおよその目測でアオバが自由にしていい範囲を割り出して彼女に伝える。

 アオバは目を瞑りながらも周囲を観測する心美を見て、その瞳の汎用性に関心を持つ。

 文字通りの意味で見えている世界が違うということを認識させられた瞬間だった。


「それで、あなたの力をレクチャーしてもらうわけですが、普段どんな感じで力を行使しているのですか?」


「うーんとね、薔薇の花を咲かせるのは、ぎゅーって吸い上げて丸めてどばっと広がる感じ!」


「なるほど……あなたもスカーと同じく天才タイプですか。まったくわかりません」


「えー」


 心美はアオバに力の扱い方の教えを乞うが、彼女の説明ははっきり言って意味不明だった。

 擬音は彼女に定着したイメージなのだろうが、それは伝わらなければ何の意味もなさない。

 だが、それは伝わらなければの話。


「分かりました。これも一応想定内です。こちらの瞳を使わせてもらいます」


 一旦用のなくなった千里眼の瞳を閉じ、代わりに心を読む瞳を開いて、心美に上手く伝えられなかったことにむくれているアオバを射貫く。

 言葉で分からないなら心で理解すればいい。


 今までだってそうしてきた。

 そしてこれからもそれは変わらない。

 その瞳の本質はそこにある。


「できるだけゆっくり、イメージしながら薔薇を咲かせてみてください。私はこの力で無意識にあなたが考えていることを読み取ります」


「ボクの心……分かった! ゆっくりイメージね!」


 人は慣れ親しんだ行動は無意識のうちに行える。

 そのため『手を動かすときにどんなことを考えているか』『足を動かすときにどんなことを考えているか』などと無意識のうちに行える行動における思考を問われても困ってしまうだろう。

 アオバにとっての薔薇を咲かせることを含む精霊としての力の行使はそれほど身に沁みついた当たり前の行動だ。

 それが当たり前であればあるほど、行動におけるプロセスが無意識のうちに簡略化、最適化されて、他人への説明が一層難しいものになる。


 その過程を言葉で説明しきれないのなら、心で読み取る。

 心美の心を見る力はそれがなせる。


「えっと……こんな感じで力を集めるようにして、こう、どばっと咲かせる感じ……。うーん伝わったかな?」


「……ぎゅっでどばっ……なるほど。そういうことですか」


 心美は覗き見たアオバの心から得た情報をもとに、彼女を倣い力の行使を試みる。

 ぎゅっは魔力を変質させた精霊の力をかき集めてまとめるようなイメージ。

 どばっというのはそれを花弁の形として放出するようなイメージ。


 アオバが見せてくれた通りに。

 心美もそのイメージに従って、青薔薇を咲かせることに成功した。


「ちゃんと伝わったわ。ありがとう」


「……やっぱその瞳、反則なんじゃないの?」


「そんなことありませんよ」


 一度成功させて要領を掴んだのか、心美は次々と青薔薇を咲かせていく。

 アオバも負けじと咲かせていく。

 二人はまるで競い合うように、美しい花で決めた範囲を青で埋め尽くしていった。


「私もあなたのように無意識のレベルで使いこなせるように練習しないといけませんね」


「えー? もう使いこなしていると思うけど……」


「意識して使おうと思っているうちはまだ駄目よ。アオバの心を見て余計にそう思わせられたわ」


 アオバはやはりこの力の本家。

 その扱いは極められ、最適と呼ぶにふさわしいものだった。

 そんなお手本を見せられて、己の行使する力はまだまだ及ばないと心美は自信なさげに告げる。


 とはいえ初めからこれだけできれば上出来。

 むしろこれ以上うまくやれていたら本家の立場がなくなってしまう。


「じゃあ、これから一緒に練習していこうね!」


「ええ、お願いするわ。また、教えてくださいね?」


「任せてよ!」


 心美に頼りにされるアオバは嬉しそうに顔を綻ばせる。

 二名の力の行使の影響か、いくつもの薔薇の花弁が風に乗って舞う。

 その光景は、並んで自宅へと向かう二人を、ガーデニングされた青の庭が照らしているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る