第3話 登場! 悪魔の執事!?

 

「お嬢様。失礼します」


 ノア・シュバルツとしての今後の生き方を決めていると部屋の扉がノックされた。

 ボサボサになった髪を軽く整えて布団に潜り込み「どうぞ」と言うと一人の執事が部屋に入って来た。


「お体の具合はいかがでござますか?」

「もう大丈夫よ。心配してくれてありがとうメフィスト」


 私がそう言うとパープルヘアの長身で青白い肌をしたその男は安堵するように息を吐いた。


「それはよかった。お嬢様にもし何かあったらと考えるとこのメフィスト夜も眠れませんでした。およよよよ〜」


 わざとらしい泣きマネを始めた執事のメフィスト。

 この男はシュバルツ公爵家で働く使用人をまとめ上げる執事長であり、その正体は百年以上前から我が家と契約している悪魔だったりする。


「泣きマネはやめなさい。悪魔に睡眠は不用でしょ?」

「いえいえ。悪魔だって寝るのですよ。つまらない三流作家が書いた本を読むと意識が飛ぶのです。これは睡眠でしょう」

「悪魔ですら気絶させる退屈な本って逆に気になるわね……」


 目の前にいるのが人の姿をした悪魔という怪物であるというのに私の精神は大きな動揺をしなかった。

それは私の精神と記憶が関係しているのだろう。

前世でどんな死に方をしたのか覚えていない私だが、この世界にノアとして転生した。

そして記憶を取り戻したのが十才になってからだ。

これによって私には前世の日本人としての記憶とこの世界のノアとしての記憶の二つがある。

それが混ざり合った以上、生まれた時から側にいるメフィストが気にはならないのだ。


「今度お見せしますよ。全二百冊のシリーズで作者が病死して大変中途半端な所で打ち切られていますので」

「やっぱりお断りするわ。何よその拷問みたいな作品。というか、よく二百冊も続いたわね」

「自費出版らしいです」


 軽口を言い合いながらメフィストは私の様子を観察する。

 長生きをしている悪魔の彼は大抵のことはこなせるので医者の代わりに私の診察をする。


「魔力の暴走による後遺症も無いようですね。これならば外に出ても大丈夫でしょう」


 彼の話ではノアは禁書庫で意識を失って私としての記憶を取り戻すまでに三日も眠っていたようだ。

 おかげで起きてからずっとお腹が鳴っている。


「まずは湯浴みにしましょう。それからお食事です。私がお嬢様の好物を張り切って用意しました」

「それは楽しみだわ」


 この世界に転生してから初めての食事。

 大貴族のご飯ともなればレストランの味を毎日楽しめるようなものだ。

 ノアとしては当たり前なんだろうけど、ランチの外食ですら財布と相談していた私にはこれ以上ない幸せだ。

 メフィストは執事長兼料理人としての仕事があるので別の侍女がやって来て私は浴室へと向かう。

 ただ、メフィストと交代した侍女は悪魔でありながら人間っぽい彼とは違い機械的で無口、無感情だった。

 それもそのはずで、黒いベールで覆われた顔には魔法で書かれた札が貼ってあり、侍女は精気の抜けた顔をしている。あと冷たい。


「……屍人ねぇ」


 シュバルツ公爵家で働く使用人のほとんどは彼女と同じような動く死体である。

 この屍人達を魔法によって使役しているのが悪魔メフィストだ。

 ちなみに彼は人間の男性に憑依して活動している。元の人格は死んでいるも同然だとか。


 さっきノア・シュバルツとして生き抜くためには悪事を働かないようにしよう! と決意したばかりなんだけど、果たしてこれは悪事に入るのだろうか。生まれた時から実家がアウトな気がする。

 五大貴族のうちシュバルツ家は黒魔術という人を呪ったり害したりする魔術に秀でた家系であり、ノアの使える魔術もこれにあたる。

 なんでそんな奴が国のトップにいるのかと思うけど、王族に近い立場に呪いや謀殺術に長けた者がいると余計な考えをする者を牽制したり万が一があれば対処出来るという考えだったらしい。毒をもって毒を制すだ。

 というのは、この国では王族に連なる者が既に亡くなっているのだ。

 おかげで王がいない国は不安定な状況下で五大貴族がなんとか運営しているのが現状だ。


「あぁ、生き返るわ……」


 貴族令嬢にあるまじきおっさん声での入浴だけど、大人数でも大丈夫な浴室には死体人形の侍女が四人壁際に立っているだけだ。

 うん。不気味で怖いはずなのにどこか冷静な私がいる。

 ノアの精神と融合してしまったせいか、おかげなのか。


「うまくやっていけるのかしら?」


 その問いに答えてくれる者はいなかった。

 お風呂上がりの私の髪を整えたりヒラヒラの服を着せたりした屍人の侍女達と一緒に食堂へ行くと、長いテーブルの上には何品もの料理が並べられいた。

 まるでホテルの食事みたいとはしゃぎそうになる私だが、テーブルについたのは私だけだった。

 死んだ人間には食事は不用だし、悪魔であるメフィストに食事の必要無い。憑依した肉体は魔力で動かせるからだ。

結局、この場にいる純粋な人間は私だけだ。


「お嬢様。湯加減は如何でしたか」

「気持ちよかったわメフィスト。あの、食事は私だけかしら? お父様は?」

「残念ですが旦那様は執務が忙しく、こちらへはいらっしゃいません」

「そう……」


 あーあ、この世界での親に会っておきたかったが仕方ない。

 ゲームの記憶ではノアの母親はノアを産んだ時に亡くなっている。だから血の繋がった肉親は父親だけになる。

 五大貴族の当主として国を運営する父はとても多忙でノアと顔を合わせることが少なく、彼女の異変に気付くことは出来なかった。

 親に放置されたこともあってノアが生来持つ我儘で残虐な性格に磨きがかかったのだが、災禍の魔女による精神汚染でラスボスになったノアに利用されて父は死んでしまった。

 そうならないようにするつもりではあるけど、この父親はゲームでは立ち絵すら無かった人のでどんな顔をしているのか気になったのに残念。


「うまっ!」


 この場にいない父親のことを考えながら料理を口へ運ぶと親への悩みは頭から抜け落ちた。

 料理が美味しい!!


「どうなさいましたかお嬢様?」

「いえ。食事が美味しくてつい声が」


 お上品に口に手を当てるが、フォークが止まらない。

 前世で自炊するのが面倒になってコンビニ飯と冷凍食品が主な食事だった私だけど、久しぶりに食べた誰かの手料理がこんなに美味しいなんて……。

 こんな食事が毎日ですか。貴族のお嬢様サイコーね。


「メフィスト。おかわり!」

「これは珍しい。お嬢様が皿を空にするなんて」


 私の食べっぷりに目を開いて驚く悪魔。

 それもそうだろ。悪役令嬢のノアは食が細く、料理なんて一口食べただけでお腹いっぱいになってしまうのだ。おまけにそれが不味かったら皿ごと地面に捨てる。

 でも、日本で女一人で牛丼チェーン店に入り特盛を食べてしまう私からすれば品数が多いだけでちょっとしか盛られていない食事なんてお腹が減る。

 おまけに美味しいとくれば食事が進むのは当然だ。


「ふぅ。お腹いっぱい。ごちそうさまでした」


 膨れたお腹を触って満足した私。

 テーブルの上にあった全ての皿が綺麗に空っぽになった。

 三日間も食べていなかったから体は想像よりも栄養を求めていた。


「満足していただけてなによりです」

「貴方の料理人としての腕前だけは認めているわよ」

「これは手厳しい。ところでお嬢様。重要な話があるのですがよろしいですか?」

「えぇ。いいわよ」


 お腹いっぱいになったしお風呂にも入ったので眠気を感じてきた私にメフィストは笑顔で話しかける。  


「明日、他の五大貴族の御子息からお茶会の誘いがありますので参加しますと先程返事を出しました。明日に備えて今日は早めにお休みください」

「ぶっ!?」


 口直しにとフルーツジュースを口に含んだ私は勢いよく吹き出してしまった。


「ゲホっゲホっ」

「おやおや。大丈夫ですかお嬢様?」

「何を勝手に決めているのよメフィスト」


 息を整えて私は執事を睨む。

 溢れたジュースを懐から取り出したハンカチで拭きながらメフィストは笑顔で喋った。


「お嬢様がこれだけ元気そうなのですから同年代の方とのお茶会も大丈夫でしょうと判断したのですよ。食事の方も沢山召し上がっていましたし、それにお嬢様は家に篭り過ぎですから」


 悪魔らしからぬ配慮だ。

 うん。確かに幼少期のノアは家で魔術の鍛練に明け暮れていたし、主人公と初対面するまでは貴族の社交会でも滅多に姿を見せない高嶺の花とか言われていたけどさぁ。

 よりによって五大貴族じゃん。命の危機があるからまだあまり関わり合いになりたくないし、私が悪事を働かなくてもシュバルツ公爵家自体がアウトっぽいんだよ!


「急に参加しては迷惑ではないかしら?」

「心配いりません。魔術でちょちょいとすれば首を縦に振る人形の完成ですよ」


 ふふふ、と笑うメフィストの顔を見て、この野郎はやっぱり悪魔だと私は思った。



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