第99話 拭えぬ違和感の正体は?


「疲れた〜」


 アパートの玄関を開けて適当に買い物袋を置いた私はベッドに倒れ込んだ。

 日はすっかり暮れて外は真っ暗になっている。


「今日は散々な一日だったなぁ」


 いつもと変わらない、なんてことはない日常のはずなのに体より心がついて来なかった。

 まるで社会人として会社に行くのが数年ぶりのようだった。


「もやもやする」


 電車で目覚めてからずっと感じている違和感。

 会社でも、帰り道でもこの嫌な感じは私に付き纏っていた。

 今だって誰もいるはずのない一人部屋が無性に寂しく思える。

 何かが変なのに私はそれが何なのかわからずにいる。


「あー! 考えても余計に疲れるだけ! まずはHP回復が作業!」


 とにかくこのまま悩んでいても時間が進むだけなので服を適当に脱ぎ散らかして風呂に入る。

 さっと汗を流して冷蔵庫から缶ビールを取り出して喉に流し込む。


「ぷはぁ! このために働いているようなものよ」


 ドライヤーで髪をよく乾かした私は買ってきた惣菜をおかずに夕食タイムに突入しようとした。

 しかし、それを遮るようにスマホの着信音が鳴った。

 まさか仕事でミスがあって職場から連絡でも来たのかとビクビク怯えながら画面を見ると『母』の一文字が表示されていた。


「なんだお母さんか。驚かさないでよね」


 仕事に関係ないとわかって安心し、通話に出る。


「もしもしお母さん?」

「乃亜! あんたの荷物がまたこっちに届いているんだけど!」


 第一声が挨拶でも近状報告でもなくクレームから始まってしまった。

 大きな声に眉をひそめて耳からスマホを少し離す。


「荷物?」

「そうよ。また前みたいに届いたの。毎回そっちに送らないといけないお母さんの身にもなりなさい」

「あー、ごめんごめん」


 荷物ねぇ。

 私は普段は仕事で忙しいから日用品やオタク関連のものは通販で頼むようにしている。

 大学生まで実家にいたから注文する時の送り先を間違えて選択したのだろう。

 前にも似たようなことがあり、発売日当日にゲームがプレイ出来なくて親に泣きついたことがあった。

 だって、梱包用のケースが原作者描き下ろしだったりするとダウンロード版じゃ手に入らないのだ。


「荷物は着払いでいいよ。ちなみにどこから届いてるの?」


 後から届け先の登録住所を見直すためにお母さんに差出人を訪ねる。

 登録サイトって沢山あるから一括で変更できると助かるんだけどなぁ。


「『あなざーとす』って所ね。中身はキャンペーン当選品って書いてあるわよ」

「ゲーム会社だね。多分、何かの時にやってたイベントで応募したんだと思う」


 自分が当たるとは思わないけど、せっかく当選チャンスがあるならと私はよくプレゼント応募していた。

 今回はよくゲームを購入をしている大手の会社のものだ。


「懐かしいな。学生時代から色々遊んでたっけ……」

「乃亜の昔話はどうでもいいのよ。あなたってばいつもピコピコとゲームしていて、浮ついた話なんて一つも無かったじゃない。もういい年なんだし気になる人とか紹介したい人とかいないの?」

「あー、えっと、電波の調子が悪いみたいでよく聞こえないなぁ。明日も仕事あるから今日はもう切るね」

「ちょっと──」

「荷物よろしく!」


 お母さんの長いお小言が始まりそうなので私は無理矢理に通話を切った。

 昔から私の趣味に色々と口出しをしてくる人だったけれど、最近は知り合いの子供達が結婚ラッシュに入っていて取り残されている私が心配らしい。

 余計なお世話だっつーの! と暗くなった画面を睨んでスマホを枕元に放り投げる。


「……でもなんかお母さんの声が聞けて嬉しかったなぁ」


 最後に顔を合わせたのは正月に帰省した時だからまだ半年も経っていない。

 たったそれだけの期間なのに故郷や実家が恋しくなるなんてホームシックで柄でもないでしょ私。


「お父さんに告げ口してお母さんのご機嫌取りしてもらおう」


 メールでもいいけど久しぶりにお父さんの声も聞きたくなった私だったが、疲れから眠気が凄まじくてそのまま寝そうになったので電話は明日することにしよう。

 簡単な夕食を済ませ、ビールを飲んで少しは気分が楽になった私は普段よりも早く就寝した。


(あっ、またゲームするつもりだったのに暇がなかった……まぁ、いっか)


 その日に見た夢の中で私は私じゃない誰かの波乱万丈な人生を体験したのだが、翌日にはその内容はほぼ抜け落ちてしまい、夢を見て寝たはずなのに疲労が溜まるという謎の現象に陥っていた。




 ♦︎




「ん? 荷物が届いてる」


 電車寝過ごしによる遅刻から数日経ったある日にアパートのポストを開くと玄関前に荷物が置いてあった。

 着払いでいいと言ったのに送料はあちら側が負担しててれたようだ。


「でも置き配にしてとは言ってないのよね。誰かに盗まれたりでもしたらどうするのよ」


 田舎に住むお母さんには玄関先の荷物を盗まれるとう危機感が欠落しているのだ。

 流石は夏の間に玄関ドアをフルオープンしているだけのことはある。

 私だったら怖くてそんな真似出来ないよ。勝手に中に入られたり、外にゲームのプレイ音声が漏れちゃうかもしれないからね。

 乙女ゲームのボイスなんて人様に聞かせられないような台詞や見せられないシーンが山盛りあるのだ。


「カッターはどこに片付けたっけ?」


 差出人と受取人の名前が間違いないことを確認して梱包用のダンボールを開封する。

 すると中には冊子やらタペストリーやらが入っていた。


「随分と沢山あるのね。学校の制服っぽいやつなんてコスプレ衣装じゃん。社会人のオバさんにこれはキッツいって」


 中身を取り出して並べるとかなりの量になった。

 グッズはどれもキャラクターものではなく、あくまでもゲームの劇中に登場するアイテムに寄せて作らせたものだった。

 あなざーとすからはいくつもゲームを買っているけどこれはどの作品なんだろう?

 ダンボールの一番奥底に会社からのお祝いのメッセージが書かれた紙があった。


「えっと、なになに?」


 メッセージカードを開き、作品のタイトルを知った直後に私はその場に蹲った。

 突如として頭の中に流れてくる景色や人の顔。

 私のこれまでの記憶の情報量の多さのせいで脳がパンクしそうになった。


「くっ……なんでこれを忘れていたのよ私!!」


 自分の能天気さに苛立ちを感じ、通勤用の鞄の中から携帯ゲーム機を取り出して起動させる。

 この数日の間触らずにいたゲーム機だったが、充電は残っていたようで液晶に光が戻る。


 焦りながらも慣れた手つきでOPのムービーをスキップしてタイトル画面を表示させる。


《輪廻転生物語 エターナルラブメモリー》


 私が、ノア・シュバルツが暮らしていた乙女ゲー世界の名前がそこにあった。


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