第100話記念エピソード お父様の学生時代。


「おいテメェ、オレと決闘しやがれ」


 ある日の放課後のことだった。

 吾輩が図書館で古い魔術の調べ物をしているところにその男はやって来た。


「断る。そんなものは時間の無駄である」

「あぁん? 怖気付いてんのかテメェ?」


 至近距離でこちらを睨みつける──ガンを飛ばすという敵を威嚇する動作をするのはオールバックの銀髪に粗暴で獣ような琥珀色の瞳をした男子学生だった。


「怖気付くだと?」

「そうだよ。いつも澄まし顔で気取りやがって。実はテメェが弱いのがバレるのが怖いんだろ」


 安い挑発だというのはすぐに気づいた。

 この男の言動は入学してから一ヶ月の間にある程度を把握している。

 自分の腕に自信があるようで、強そうな相手を見つけるとなりふり構わずに決闘を申し込んでいる。そしてその全てに勝利しているのを聞くと実力は確かなのだろう。


「貴族くせに情けねぇヤツだぜシュバルツ」

「そちらこそ五大貴族の品位を疑われるようなことをしているではないかヴァイスよ」


 同じクラスであり、このアルビオン王国の中で最高位の貴族であるヴァイス公爵家の次期後継者こそが目の前のフーガ・ヴァイスなのである。


「五大貴族だ? シュバルツの人間のくせに偉そうな口を叩くなよ。テメェの家なんぞただのおこぼれだろうが」

「それは爵位を授けた王族への侮辱だぞ」

「知るかよ。とっくに王族の血は途絶えてんだから問題ねぇよ」


 男が言う事は事実だった。

 現在、アルビオン王国は王位が空いており、五大貴族と呼ばれる五つの公爵家が国家を運営している。

 その中でも特殊な立ち位置にいるのが吾輩の実家であるシュバルツ公爵家だ。

 建国時に公爵位を与えられた他の四つとは違い、二百年程度の浅い歴史しかないのがシュバルツ家だ。

 当時の女王、災禍の魔女を討伐した聖女によって宮廷魔術師だった男が爵位を授かったのが始まりだ。

 どうして新しい公爵家を増やしたのかについては色々な説があるが、詳しくは実家に住み着いている当時を知る悪魔に聞けば教えてくれるだろう。


「どうすんだ。ヤるのかヤらねぇのか?」


 じわじわと距離を詰めて圧力をかけてくる男。

 吾輩としてはこんなのに関わるくらいならば魔術の研究に没頭したいのだが、断れば誘いに乗るまで永遠に付き纏われそうである。

 恐らくはそれを理解した上での行動だろうが、なんとも迷惑な奴だ。


「わかった。望み通り戦ってやろうではないか」

「初めからそう言えばいいんだよ」

「ただし、勝敗に関係なく金輪際吾輩に関わらないと誓え」

「いいぜ。弱いヤツに興味ないからなオレは」


 吾輩が返事をすると男は獰猛な笑みを浮かべた。

 こちらの出した条件を理解しているのか不安だ。それにどうも初めから勝ったつもりでいるらしい。

 詳しい決闘の内容について話をし、魔術を用いた契約書を持ち出そうとすると拒否された。


「本来の魔術師の決闘とはそういうものなのだがな」

「男に二言はねぇよ。それに勝手に契約すると婚約者がうるせーんだわ」


 そんなこと吾輩の知ったことではないのだが、ヴァイスは早く決闘したいようなので今回は諦めておく。

 勝負条件は相手を殺傷する魔術は禁止。勝敗は対戦相手が意識を失うか降参を宣言するまでとなった。

 さっそく演習場の一つを五大貴族の権限で強引に借りると周囲には騒ぎを聞きつけた大勢のギャラリーが詰めかけてきた。


「頑張れフーガ様!」

「シュバルツ家なんかに負けんなよ!」

「首席だがなんだか知らねぇが鼻をへし折ってやってください!」


 予想はしていたが会場は吾輩にとってアウェーだった。

 まぁ、普段から他の生徒を率いてクラスの中心にいるヴァイスとは違い、吾輩は独断行動が多いので味方は少ない。

 それに、奴を応援している男子生徒の多くは吾輩に擦り寄って来た女生徒の婚約者達である。


「オメェ、かなり嫌われてんな」

「逆恨みである。それに、告白は全て断っているのである」


 黒い噂があるとされてはいるが、これでも公爵家。その地位目当てに取り入ろうとする女達に吾輩は呆れていた。

 どいつもこいつも吾輩を見ると黄色い歓声を上げて発情したような顔で近寄ってくるからだ。


「悔しければ自分達の婚約者の手綱くらい握っておけたわけ共め。吾輩は迷惑なのである」


 いい機会なので普段思っていることを口から吐き捨てる。


「「「イケメンは死ね!!」」」

「……オレが言うのもなんだが、少しはクラスメイトと仲良くしとけよ」


 外野からの野次がヒートアップするが、有象無象の声など聞くに堪えない。

 決闘相手のヴァイスは苦笑いを浮かべるが、審判役の教師が到着すると真剣な表情に切り替え鋭い殺気を纏った。


「テメェに勝ってオレが最強を証明する」

「吾輩は暇ではない。さっさと終わらせてやるのである」






 ♦︎






「──ってな感じでオレとダーゴンは付き合い始めたのさ」

「男の友情っすね!」


 魔術学校の管理棟にある生徒会室では二年生になったフーガが一年生を相手に自分の武勇伝を語っていた。


「無駄話はそれくらいにしてさっさと押印するのだフーガ。ただでさえ貴様は仕事が遅いのだからな」

「いいとこなのに邪魔すんなよダーゴン。それにオレはいつも仕事してんだろ? たまには休ませろよ」

「貴様がやっているのは生徒同士の喧嘩に乱入して事態をややこしくしているだけだ! 会長にしか処理できない書類に集中しておけ!」


 気怠げにソファーに座り込むフーガに吾輩は怒鳴り声を浴びせる。

 全く、この男は有事の際には一番先に動くくせにそれ以外だと怠け癖がついている。


「それと一年生もだ。まだ仕事を覚えていないのによくベラベラと無駄話を出来るな。生徒会の一員としての自覚が足りんぞ」

「「ひ、ひゃい!」」


 フーガと違い、新人達はひと睨みすると痙攣をして作業に取りかかった。

 まぁ、まだ経験が浅いので覚えることだらけではあるが、ここで油断をすると後から自分の首を絞めるだけなので厳しく指導しておく。

 別に吾輩は休憩や談話をするのを認めないわけではないが、それはやるべきことを全て終わらせてからだと考えている。


「おー怖っ」

「何か言ったかフーガ。また逆立ちして校内を一周させられたいのか?」

「何も言ってねぇよ。だからそれだけは勘弁してくれや」


 余計なことを口にしたフーガに釘を刺すと、青ざめた顔で必死に書類に判子を押し始めた。

 どうやら前に生徒会の仕事をサボって婚約者と逢い引きした時に吾輩が与えた罰がトラウマになっているようだ。

 ちょうど新しく覚えた魔術でフーガの体を操って与えた罰だったが、吾輩との相性が良かったのでずっと鍛練を続けている。

 それでもまだ複数体の死体を遠隔で自在に操る悪魔に届いていないのは歯痒い。

 機会があれば優秀な魔術師を実験台にして新しい魔術を試したいのだが、吾輩とフーガが出張ると争いが途端に止むのが最近の悩みだ。


「そういえば、ダーゴンは今度のパーティーどうするんだよ?」


 積み上げていた書類を少し減らした頃にフーガが口を開いた。


「なんだ。また無駄口を叩くのか?」

「ちげぇよ。週末にパーティーがあるからその日は生徒会が集まれないだろ。いつもやってる勉強会を中止するかどうか相談したかったんだよ」


 ちっ。関係ない話だったら罰を与えるつもりだったのに。


「現生徒会は貴族しかいないからな。全員参加するのだし、中止が妥当であろう」

「オッケー。つーわけで、ダーゴン先生の魔術教室は休みだとさ」


 フーガそう言うと生徒会メンバーが頷いた。

 勉強会は生徒の見本である生徒会が弛んでいては示しがつかないと吾輩が提案したものだ。

 本当の狙いは仲間が頑張っている前で格好をつけたがるフーガの怠け癖を改善させるための作戦だったのだが、参加者の実力が向上して好評だったので継続している。

 誰かに魔術の手解きをするなんて吾輩には無縁だと思っていたのだが、意外とこれが自分の成長にも繋がると気づくとやりがいがあった。

 いずれは誰か弟子を取った時に役立つ経験になるだろう。


「それでよダーゴン。パーティーって男女で参加だけどオマエはどうするんだよ。前みたいに美人の侍女を連れて行くのか?」


 美人の侍女と呼ばれて吾輩は首を捻ったが、すぐにフーガが言っている相手の姿が思い浮かんだ。

 あちこちから声をかけられて誰を連れて行っても面倒になると思った吾輩を見て、面白がった悪魔メフィストが女装して参加したことがあった。


「……あれだけは絶対に連れて行かん」

「お、おう。なんかすげー顔してんな」


 あの悪魔は魔術まで使って見た目を誤魔化して貴族令嬢の侍女のフリをしてパーティー会場で節穴な目をした他貴族を弄んでいたのだ。

 そのせいで吾輩は女装した悪魔メフィストに求婚しようとした者達からしつこく絡まれるという迷惑を被った。


「じゃあ、一人で参加すんのか?」

「いいや。今回はルージュ家の令嬢と参加する」

「げっ。あの堅物真面目女かよ」


 吾輩の出した名前にフーガが苦虫を噛み潰したような顔をする。

 この男とルージュ家のロゼリアという女の相性はとことん悪い。会えば喧嘩するのが日常だ。


「よりにもよってアイツかよ。相手は選んだがいいぜダーゴン」

「父から話があってな。吾輩にもそろそろ婚約者を選ぶらしい。その候補がロゼリアだ」


 ロゼリア・ルージュという女はとても優秀だ。

 学校での成績は吾輩の次に良く、クラスでは委員長として皆を引っ張っている。

 複数ある女生徒の派閥でも学年で一番の規模を率いているのは流石五大貴族という所だ。


「能力も高く、カリスマ性もある。容姿も整っているし、婚約者としての条件は十分に満たしているぞ」

「そうじゃねぇよ。アイツ、お前に何かと突っかかるし迷惑してただろうが。好きな子とか誘えばいいじゃねぇか」

「吾輩は貴族だ。結婚に自由意志は存在しない。決められたのなら大人しく従うまでだ」


 大体、フーガも親が決めた婚約者だったと記憶していたのだが、この男の場合はそれで上手くいっている。

 吾輩も関わる機会が何度もあったが、幼馴染みで昔からヴァイス家に嫁入りが決まっていたためよく教育が行き届いている逞しい女性だった。

 西部領出身で好みが強い男というわけでフーガとの相性が良かったそうだ。

 単純な思考で西部領の人間が羨ましいと思うことがたまにある。


「つまんねぇな。好きでもない相手と子供作るのなんて苦痛じゃないのか?」

「その程度我慢する。夫婦なぞ子供が産まれたらそれで終わりだ」


 吾輩の両親がそうだった。

 父は分家であったノワール伯爵家の娘である母と血を濃くするための政略結婚した。

 夫婦関係は冷めきっていたらしく子供も吾輩だけだ。

 まぁ、母は吾輩が物心つく前に伯父のヒュドラに殺されてしまったがな。

 後継者は一人だけいればいいと父は母の死後後妻を娶ってはいない。


「冷たいなオマエ」

「貴様が熱すぎるのだ」


 きっとこの男は自分に子供が産まれたら厳しくも頼れる父親として振る舞うのだろうな。

 吾輩には自分がそうなる未来が想像つかないし、シュバルツ家の人間の教育はメフィストに任せておけば問題ないだろう。


「せめて一度くらいは燃え上がるような恋でもしてみろよ」

「ロゼリアが婚約者になった後にそんな事をすれば物理的に燃やされそうであるな」

「ははは。そりゃあ違いねぇぜ」


 吾輩の冗談にフーガが笑ってこの話題は終了した。

 来年にはこの学校を卒業して五大貴族の当主としての本格的な準備期間になる。

 父はヒュドラとの戦いで受けた呪いのせいでそう長くはないとメフィストが話していたし、同世代の中では吾輩が最初に当主になるだろう。

 残された自由な時間を数えながら吾輩は十年後、二十年後の未来を想像する。


「子供には自由な恋愛でもさせてみるか」


 まさかこの言葉に吾輩が後悔するなんてこの時は考えもしていなかった。

 更には吾輩が物理的に燃えてしまうとも。


「ところでよダーゴン。一年のグルーン家の長男が生徒会長の座を狙って決闘挑んできたけど返り討ちにしていいよな?」

「はぁ。貴様は判子を押しておけ。厄介事を起こす生意気な後輩は吾輩が絞めておく」

「お手柔らかに頼んだぜ」







 ♦︎






「──おい! 起きてくださいダーゴン先輩!」

「うるさいぞフーガ。吾輩は教師に提出する書類がまだ……」

「寝ぼけないでください先輩! それでも魔術局の長ですか!」


 リュートの大声で吾輩は目を覚ました。

 周囲には魔獣達が落とした大量の魔石がそこかしこに散乱している。


「どのくらい意識を失っていた」

「一時間くらいです。他の方達もまだ起きていません」


 砦がやけに静かだと思ったらこちらの魔術師の多くが倒れていた。


「何があったか憶えているか?」

「マックス達が死の大地へ向かい、遠くに巨大な魔獣が現れてそれから……」

「その魔獣が絶命する前に放った魔術だろうな。ここまで届くとはどれだけ強力な魔獣だったのだ」


 幸いなことに魔力の供給が途絶えたおかげで魔獣の数が減っていたから助かった。

 残っていた僅かな魔獣達は敵わないと悟ったのか砦から撤退したようだ。


「子供達がやってくれましたね」

「全く、規格外な娘達である」


 西の空には青空が広がっていた。

 濃い瘴気も感じられないし、ノア達が本当に厄災を終わらせたのだろう。


「伝令! 五大貴族の当主はどこにいる!!」


 リュートの肩を借りて救護テントへ向かおうとすると真っ青な顔をした文官が走っていた。


「シュバルツ家とグルーン家の当主はここにいるぞ」

「公爵様! た、大変です!」


 余程急いでいたのか息を激しく切らしながら文官は吾輩達に話し始めた。


「お、王都が!」

「王都がどうしたのであるか。あそこはブルー家が構えているであろう」

「それが、その、」


 次に文官の口から出た報告は吾輩達の度肝を抜いた。


「王都が、いえ、アルビオン王国がブルー家によって占拠されました! これからはブルー家が王家を名乗ると!!」


























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